日本橋から内藤新宿へ   歩行地 図
 日本橋-呉服橋-日比谷公園-半蔵門-四谷-四谷3丁目 9.7 km
2006年6月14日 10:10
■日本橋
 
毎度おなじみ日本橋。甲州街道は東海道と同じく銀座方面へ向い、コレド日本橋を右折して皇居から四谷を経由し新宿通へ行く。
コレド日本橋
 。コレド日本橋は昔は白木屋があったところで白木屋は三越の越後屋と並んで大呉服店であった。その後東急と合併し東急デパートになったが、業績不振で撤退。コレド日本橋に変身している。ここを右折し東京駅方面へ行く

■常盤橋公園 
  東京駅前の国際通は昔は江戸城外堀で呉服橋、一石橋、常盤橋とか、鍛冶橋とか多くの橋が架かっていた。皇居の内堀からここの外堀までは大名屋敷が建並んでいた所です。この辺の歩きには「江戸重ね図」(株APP)が役に立つ。それを見ると東京駅は長野松本藩、松平丹波守などの屋敷跡であることがわかる。街道は東京駅の地下を通っているが、人が多いので呉服橋から皇居側へと出ることとする。被服橋右手には一石橋がある。橋の南北両側に後藤氏両家(金座後藤庄三郎、呉服所後藤縫殿助)があり、五斗と五斗で一石と名づけたという。近くに「まよひ子のしるべ石」というのが建っている。一つ先に史跡「常盤橋公園」があり江戸城の石組が残っている

■半蔵門
 街道は和田倉門から日比谷公園を回り、半蔵門から四谷方面へ行く。写真は桜田門、枡形といって門を入るとL型に曲り又門がありそこを四方から弓、鉄砲で撃たれるという形式の門である。
皇居内堀に沿いお堀端の道を進むと、桜田門を経て半蔵門につく。この門は御所に一番近いので門内は立ち入り禁止になっている。江戸時代初期に服部半蔵の屋敷があったので、半蔵門と名づけられた。ここは天皇の住居に一番近いので警戒が厳重です。

■四谷見附
 見附とは枡形を有する城門で外側に面する部分をいう。見張りの番兵を置いていた。江戸城は俗に三十六見附と称するが、四谷見附が一番有名。城内からきた通行人はここで一旦枡形門の中に入りそして直角に曲がり、城外へと出て行きました。ここに警備の武士がいた江戸の頃は暮れ六ツ(午後6時)に門の扉は閉められ、夜間は通行出来なかった。のこっているのは主婦会館側のもののみ。

■お岩稲荷
 四谷3丁目を左折し、通り1本内側に入った四谷左門町に有名な鶴屋南北「四谷怪談」ゆかりのお岩稲荷がある。ここに伝わるお岩さんと我々が抱くお岩さんのイメージは全く違うので誤解を招く。この神社の「於岩」というのは「お岩」という江戸時代の初期、江戸の四谷左門町で健気な一生を送った女性のことである。その女性の美徳を祀っているいるのが、この神社で。鶴屋南北のおかげでイメージがねじ曲がってしまいかわいそうなことです。

■大木戸跡
 四谷4丁目角、四谷区民センター脇の小公園に「都旧跡四谷大木戸跡」の碑と玉川上水を開いaた玉川兄弟の功績をたたえて1895年に建てられた「玉川上水記念碑」がある。 玉川上水はここの地点まで川のように流れてきて、ここから暗渠で木管、樋などで江戸市中へ送られた。

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