1 内藤新宿から布田宿へ  歩行地 図
  新宿-笹塚-高井戸-烏山-仙川-柴崎  15.7 km
1 内藤新宿
甲州道中の日本橋から最初の宿場。元禄12年(1699)から宿駅業務が開始され、途中享保3年(1718)にいったん停止されるが、54年後の明和9年(1772)に再興している。江戸城造営のために整備された青梅街道は当地で甲州街道から分岐する

2006.6.14の続き
■太宗寺
 このお寺は高遠藩内藤家の菩提寺であり、内藤家歴代の墓もある。また、ここには閻魔堂があり、中には高さ5.5mの木製の閻魔像が安置されているというが、今日は工事中のためシートがかかっており見えず。またここは江戸六地蔵の3番の寺でもある。 宝永五年(1708)江戸深川の僧、地蔵坊正元が建立発願、座高 2.75mの青銅の地蔵菩薩座像が、江戸・神田鍋町の鋳物師・太田駿河守正義によって鋳造され。江戸の出入り口となる六つの街道筋に安置したのがはじめ。
1番 品川寺  街道:東海道  品川区
2番 東禅寺  街道:奥州街道 台東区
4番 眞性寺  街道:中山道 巣鴨地蔵通入口 板橋区
5番 霊巌寺  街道:千葉街道 江東区
6番 永代寺   街道:? 富岡八幡宮の別院であったが、廃仏毀釈の折り壊された

■新宿追分
 新宿駅南口前高架橋を渡り、西進してゆく。首都高速4号線が頭上に架かり展望が悪い。排気ガスも吸わねばならない。
■道供養碑
 幡ヶ谷駅を過ぎ、中野通りと交差する手前左側に、道供養碑が建っている。これは、橋供養と同じように道路自身を供養して交通安全を祈ろうとする全国でも珍しい供養碑だという。同じ場所に牛窪地蔵尊がある。このあたりは地形が少し低くなっており、江戸時代から牛ヶ窪と呼ばれていた。本日は排気ガスでくたびれたので笹塚で終了する。14:00

2006.7.30 
 笹塚駅から開始する。府中まで行く予定なので早めに出てきた。
高速のおかげでGPSの受信状態が悪い。
笹塚をすぎると環七大原交差点。大気汚染ワーストワンの地域であったが最近はどうであろう。

 2 上高井戸宿 3.下高井戸宿

上・下高井戸両村が半月交替で経営を分担した。現在の首都高速4号線と甲州街道の交差部、一里塚の残っている辺りが下高井戸宿、その西、環八通りと交わる辺りが上高井戸宿であった

■宗源寺
 ここの不動堂がもとあった場所が高井堂だったので「高井戸」という地名になったともいう。隣接して下高井戸宿の本陣があったとも言われている。上北沢駅あたりが鎌倉街道入り口ということになる。少し先の高井戸5目で首都高速が右にそれて行き。旧道は左方向です。

 八幡山を過ぎ環八道路を横切る。街道は左へ曲がり、芦花公園、烏山方向へ行く。曲がってすぐの左手に長泉寺がある。本堂は明治期のものであるが相当老朽化している。墓地には本陣の横山家などの墓が有るそうである。おばさんたちが集まっていたので写真は撮らず失礼する。その先にあるのが
■大橋場跡
  武州、烏山村、元禄13年の銘がある庚申塚などがあったが、由来碑は薄くて読めずよくわからない。いわれのある場所らしいが由来碑など整備することを期待したいものだ。
■一里塚碑
 国道20号に合流して千川駅前のセブンイレブン横に一里塚の案内板が立っている。日本橋より20㎞地点。

 つつじがおか駅手前が滝坂下交差点で滝坂旧道」の碑がある。
■滝坂旧道」の碑
この付近は新宿から八王子間の街道のうち最も急坂な所で、大雨が降ると雨水が滝のように流れる、という意味からの地名であったらしいここは甲州街道の旧道で難所の一つであった。そのため現在の新道が造られた。この先柴崎から右方向へ曲がっていく。次は布田五カ宿


  日本橋へ  5 布田宿へ