9 府中宿〜日野宿    歩行地 図
 府中本町−大国魂神社−高安寺− 谷保天神−国立−日野橋  10.9km

9府中宿
府中はかつての武蔵国府、武蔵総社(大国魂神社)があった武蔵の国の中心。鎌倉街道が通り、甲州街道が整備されると宿場として栄えた。宮町が昔の「新宿」、宮西町が「番場宿」で「本町」と合わせて3町がかつての府中宿である。本陣、脇本陣、旅籠屋、木賃宿、飯盛旅籠がそろっていた。
 本陣1 脇本陣2 旅籠29

2006.11.5 府中本町駅より開始.
 駅のあたりは江戸時代の御殿地ということだが、それらしき案内も碑もなく、なんにもなし。街道に戻る前に善明寺へ寄る
■善明寺
  畠山重忠と遊女あさ妻の悲恋物語を伝える鉄造阿弥陀如来座像があるというが、本堂が朝早いので開いておらず、あまり気安くない雰囲気なので境内の庚申塔など撮って早々に退散。

■脇本陣跡
 街道に入り大国魂神社前へ行く。府中宿は宮元町から始まる。明治サウスビル脇に脇本陣、田中三四郎家の跡。昔柏屋といったそうです。明治天皇府中行在所の碑もある。屋敷は府中郷土の森へ移築したそうで碑だけ。その隣は同じく近江屋というが跡形なし。大国魂神社はちょうど七五三で人出多い。

■大国魂神社周辺
 神社周辺はけやきの並木で、馬場大門の欅並木という。源義家が前九年の役の途中、戦勝記念に千本寄進したのが最初。現在のは家康が慶長年間に馬場を築いてそこに植えたものが始まりで、何回か補修されている。国の天然記念物にも指定されている。源義家の像もある。義家は清和源氏に発する河内源氏の嫡流として、7歳の時、岩清水八幡宮で元服、よって八幡太郎と号したが、前九年の役・後三年の役で卓抜した武勇をあらわした。この時代、源氏の最盛期を迎えた。

■万葉歌碑
 
  街道のと並木の所に万葉歌碑がある。東歌の歌碑で作者不詳。
 ・・「武蔵野の草は諸向きかもかくも君がまにまに吾は寄りにしお」・・
  とかろうじて読める。

■休憩所
 宮西町へ入る。右手が昔の休憩所松本屋。いまも旅館業をやっている。当然ながら建物は昔のではない
■問屋場跡
 その先右手角が問屋場跡で中久本店。創業1860年だそう。ここが府中の中心地で、1859年の大火後に建てたもの。店の前が高札場跡になる。

■高札場
 屋根付きの札懸けが昔のまま残っている、昔はどこもこのように大層な形であったのだろうか。この場所は御旅場といわれ、大国魂神社例大祭のとき、神輿が移される(旅する)場所である。また街道と交差するここの道は鎌倉街道の一つでここの角は「鍵屋の辻:という。
■割烹
  旧家風割烹店。由緒ありかなしかよくわからない。










■下河原緑道

 少し進むと細長い公園があり、何かと思ったら武蔵野線の開通で廃線になった、旧国鉄下河原線の廃道を公園にしたもの。始まりは明治43年の東京砂利鉄道ですと。
■高安寺
 藤原秀郷の館跡といわれる。境内の秀郷稲荷のうしろに源義経と武蔵坊弁慶らがこの地に立ち寄った際、大般若経を書き写すために境内 にある井戸の水で墨をすったという「弁慶硯の井」と呼ばれる古井戸が残っている。といわれるが確認できず。山門裏の像が変わっていて、右が地獄の脱衣婆の像、こういうの初めて見る。

■弁慶橋
 寺の先を行き弁慶橋といっても橋があるわけではないが。右に石橋供養塔というのがある。いわれはよく読めなかった。
■本陣跡
   その先の左手よくある本陣様式の表門のある家。個人の住まいらしい。

■谷保の旧家
 街道は本国道と合流し、西へ谷保天神をめざして行く。途中右側にめずらしい時計台のある家門を構えた元名主のような旧家があり、こちらは歯医者さんでした。

■谷保天神
 社伝・・・昌泰4年(901)管公筑前の太宰府へ左遷の時三男道武もこの地へ流され、父が亡くなったとき悲嘆くの余り父の像を造り、一社を奉じた・・・と、ところが世の中うまくいかないもので、この像のできが良くなく、泥臭い意味の「野暮天」はここから起こったという。本殿は3間3間流れ造り。壁の彫刻は摩滅している。あいかわらず七五三で人出多し。時ににわとりが鳴いてうるさかったが。。。。。

滝の院
 神社の前が滝の院という。天満宮の僧坊であった。隣の安楽寺は神社の別当であったが、廃仏毀釈で廃寺になってしまった。血文阿弥陀如来石像がある。ここら辺に清水の立場の茶屋跡の標識があると言うが。いくら探しても見つからない。

■城山公園
 国立第一小学校の隣は城山公園になっている。菅原道武の旧館跡のところ。空堀、土手跡などが残っている。脇に国立の旧民家が移築されていた。
■神明宮
公園のはずれにあるのが神名宮

■谷保村の常夜燈
 街道を先に進む。途中に常夜燈があった。元々は火の神様「秋葉神」を祀ったものだが街路灯の意味も持つ。寛政6年のもの。 先に進み日野橋交差点をまっすぐ入り、酒屋の所を左に曲がる。旧甲州街道の案内板があったが、道標があるに違いないと探すと、歴史民族博物館へ移動したですと。その先は多摩川日野の渡し跡。

■馬頭観音
 多摩川の川原への下り口にある。
■日野の渡し記念碑
下水処理場の角に建っているもの。
立日橋の上を多摩モノレールが走っている。橋を渡ると日野宿。

 4布田宿へ  10 日野宿へ