3 浦和宿から大宮宿へ 歩行地 図
  浦和宿−浦和橋−北浦和−与野−埼玉新都心−一の鳥居−氷川神社 7.6 km
英泉浦和宿
 浦和宿は日本橋から三番目の小さな宿駅であった。宿の起立は家康の鷹狩りの時の「御殿」設立が契機とされる

本陣1、脇本陣2、旅籠15

本陣跡浦和入口中山道2日目で武蔵野線脇の六辻から歩く。焼米坂、調神社と通過してゆく
■浦和から北浦和
●宿入口の碑

 調神社を出てすぐ、高砂2丁目に浦和宿入口の碑がある。
●本陣跡
 浦和宿の本陣・問屋は星権家が代々勤めたが、現在本陣、脇本陣などの建物は残っておらず、記念碑が仲町公園に残されている。本陣は結構大きく、敷地約1200坪、母屋210坪をはじめ表門、土蔵、物置、番所などがあったそうです。表門だけは明治に入り大間木の大熊家に移築されているそうです。

●六歳市
 しばらく行くと左手に慈恵稲荷神社があり、ここは市が立っていた跡である。毎月二、七の日計月6回開かれるので二、七市とか六歳市とかいった。この神社は浦和宿上町の人々が祀った稲荷社で、二七の日には鳥居を中心に南北二町の範囲で市が立った。街道は京浜東北線を陸橋で越える。この先に「仇討ち」があった一本杉の標石があったとのことだが残念ながら見逃した。

■北浦和から大宮
●旧道の風景

  大原バス停あたりからケヤキ並木が続いている。左手は埼玉新都心のビルが見えてくる。
●埼玉新都心
 東京特別区以外での中心となるべき都市「業務核都市」設置の一環に、旧国鉄大宮操車場跡地の再開発・土地区画整理事業として整備された・・・ということだがバブルの象徴のようであまり気分のよいものではない。周りは工事中でした。また新都心駅の右側にはコクーン新都心いう大規模店舗ができている。

●大宮氷川神社一の鳥居
 旧街道の一の鳥居から神社への参道が真っ直ぐ2km延びている。ここが江戸の初めは中山道の本道であったらしい。今回はこちらを通る。本来の大宮宿は左手の道である。ここら当りから大宮宿である。こちらはいずれ再訪しよう。
■参道
 気持のいい参道である。二の鳥居、三の鳥居とある。車が来ないとなお良い。

■拝殿
 大宮氷川神社は武蔵一宮。何回も参拝に来たところであが、今回一の鳥居からは初めてでした。大宮の地名もこの神社に由来するほどで、社伝では、今から2400有余年の昔、第5代孝昭天皇の3年4月に創建されたというが紀元前の天皇の御代なので話のみにしておく。氷川神社という名前は関東には多いが元々武蔵国造が出雲の系統で、出雲国の簸川(ひかわ:肥川、斐伊川)の川上にあった杵築大社を勧請したところから、その川の名前に因んで名付けられたとされている。 祀られている神々はスサノオをはじめ何でもありという感じであるが、その中で摂社門客人神社は「アラハバキ」とされている。この神は高橋克彦「竜の柩」に出てくる謎めいた神です。

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