秩父三十四ヵ所巡礼道 1
    (小川駅~粥新田峠~四萬部寺)
 歩行地図はこちら  地図
 小川町駅~切通橋-安戸-和紙の里-落合橋-橋場-粥仁田峠-秩父高原牧場-広野-小野田峠-四萬部寺  19.7km  


 秩父巡礼道とは、埼玉県秩父地方にある34ヵ所の観音霊場を巡ることをいう。西国三十三ヵ所、坂東三十三ヵ所と併せて日本百観音という。結願したら長野の善光寺に参るのが慣例となっている。

 江戸から主なルートには3つあり
1吾野道・・飯能から吾野、そして芦ヶ久保へと続く正丸峠を通る道。
2熊谷道・・寄居から、釜伏峠を経て秩父に入る道。  
3川越道・・小川町から安戸宿を経て粥新田峠を越えて秩父に入る道。

 川越道が最も使われたので、便宜上、四萬部寺が一番札所となった。
 
今回歴史道としての参詣道を歩くことにしたので、小川町から入り、秩父観光ナビで紹介する江戸巡礼古道を歩きました。

参考資料 「歴史の道調査報告書 秩父巡礼道」 埼玉県教育委員会
     秩父観光ナビ 「江戸巡礼古道」

1 小川町駅~1番四萬部寺  2 四萬部寺~9明智寺 3 明智寺~17定林寺 4 定林寺~25久昌寺 5 久昌寺~30法雲寺 6 法雲寺~31観音院 7 観音院~34水潜寺

2018年2月25日
■小川町~相生町交差点
 昨年11月姫街道を歩き終えたら、腰痛に見舞われ3ヶ月程街道歩きは休止というはめになっていました。ようやく落ち着いてきたので、今回は秩父三十四ヵ所霊場歩きをやってみようと思いました。
  歴史街道として歩くため、江戸から多くの人々が使ったという川越道を歩いてみようと思って、小川町近くまでは川越街道、児玉街道などを使って来ているので、小川町駅から始めようかと思います。
 ●小川町駅についたのが8時30分。報告書によると県道11号線が秩父街道というので、そこに出る為「ショッピング通り」という道を行きます。 和紙の店などがあり、「小川町駅(西口」交差点を過ぎると右手に●武蔵鶴酒造。さすが小川町は和紙と酒の町という感じ。
 「相生町:交差点から右手に県道11号に入ると、右手に●青雲酒造があります。ここは少し規模が大きくて創業明治35年という。 8:50 

■相生町交差点~切通橋
 しばらく●県道を歩きます。県道が秩父街道と云われるけれど、とても秩父参詣道とは思えず、もっと北側の山裾を巡る道とは思うのだが、道も消滅してとても歩けそうにないので、県道を行くしかありません。
 右手に●蔵を備える大きな旧家があった。 槻川がぐっと県道に近づいてくる先で県道は急な右回りに旋回するようになってくる。切通橋の手前右側に●茅葺きの民家が一軒。相当古くなっていて痛々しい感じ。右手城山の頂上には腰越城があって県指定史跡です。  9:25

■切通橋~安戸
 切通橋を渡り、北上して行く。 製紙工場の先で●右手の農地に入るのが旧道という。 途中で東秩父村の境界に入ります。入った先が●安戸の宿。入口の脇に●石仏群が置いてある。 安戸橋を渡って少し行くと直角に曲がります。曲がってすぐの所に和菓子の●小松屋本店があります。寛政3年(1791)創業というから220年以上の歴史がある。  9:40

★旧安戸宿
 安戸はかつての秩父往還の宿場町で、江戸時代には和紙の市が立ったといわれる。  ●家並みは約1km続き、当時の面影をわずかながらも残すと云われるが、あまりそんな感じもしないけど、ひっそりとして趣がある。 観光用に巡礼道として紹介されているコースはこの先の「落合橋」から始まっている例が多く、落合橋までバスで通過してしまうので、「安戸」を歩く人はあまりいないのでしょう。
 右手奥には●天神社があり、ここの大杉は樹齢700年とか云われている。 その先の左手にはかって巡礼宿を営んでいたという●大久根家がありますが、改築されていて昔の面影はありません。   9:50

 ■安戸~和紙の里
 やがて県道に合流してしまいます。少し行った高台に大霊神社というのがあり、その境内に県道を向いて●千部供養板碑群が5枚ほど置かれています。 日蓮宗の題目板碑で、中央の板碑は安土桃山時代 文禄4年(1595)のものらしい。
 「御堂バス停」の手前で●左へ折れるのが旧道らしいのでそちらへ曲がって行きます。 県道は現在の陣川橋を渡っていくが、旧道は少し手前の木橋を渡っていたといわれます。
 橋を渡ると●和紙の里へ入って行きますが、報告書によると旧道は和紙センターの手前50m程の所を右に折れ、人家の間を抜けて槻川に出て、渡河するとある。 川まで行って様子を探ったところ、このあたりセンターの駐車場や川の改修で風景が変っており、川に下りて渡河することは不可能ではないものの、向側の川岸が石積みで登ることが困難であったのでそのまま進むことにしました。 左手に●和紙センターがあるので、少し休憩できました。   10:30

 ■和紙の里~役場前
 和紙の里の先の橋(名前を確認するの忘れた)から●槻川を見る。川に下りる階段が付いており水量も少ないので、渡河ができそうだな感じだが、左側が石積みで上がれそうになかった。 旧道はここを渡河するようになっていたらしい。
 県道に出て●「東秩父中の前から右手の細い方に入って行くのが旧道。 ●人家の間を進み、県道と並行して250m程で東秩父役場前で県道と合流している。
 更に進むと「奥沢バス停」付近の右手に●朽ちた3基の石塔、2基の地蔵が並んでいる。  10:55

 ■役場前~落合橋
 バス停から300m位進んで、●右手に入る細道があるのでここを入って行く。 道は山の中を入って行くようになり、ちょっとした登山道の様な所。ここもまもなく●県道に合流するようになる。 手前右手に●坂本山王社があります。 やがて●落合橋の分岐に達します。橋の手前100mの県道右側にかって馬方宿を営んでいた「髙田家」があると報告書にありましたが、見忘れました。  11:10

■落合橋~橋場
 落合橋の所で槻川と大内沢川が合流するので落合というようです。旧道は落合橋の手前で左に渡って保育所の裏手を通っていたようですが、今は落合橋を渡って、更にオレンジ色の橋を渡って●槻川の左手(右岸)に出て行きます。
 その先の長谷田橋で県道と合流して先に進みます。 しばらく進み保健センタ-の先槻川を渡った右手に八幡大神社があります。建久年中(1190~)畠山重忠の創建と伝わる。
 保健センターから10分も行くと●橋場交差点。 ここが粥仁田峠の最寄りの起点になります。左手に●皆谷(かいや)地蔵堂があります。中には赤子を抱えたお地蔵が鎮座。 お堂の脇には2基の馬頭観音と道標を兼ねた石塔が建っています。  11:40

橋場~
 バス停から西に上る車道が峠へと続く道で、しばらく進むと右手に●「至粥新田峠・大霧山」という案内柱が立っている地点に来る。これが粥仁田峠への登山口になります。 左脇に●馬頭観音と彫られた石塔もあります。 ●ごつごつした杉林の山道を上ります。いくらか雪も残りびしょびしょ道になっていました。チャッチャと10分も登ると●車道に出ました。 これは橋場から登って来た県道361号。これは明らかに旧道とは思えないが、ここに出て来るしかない。このあたりは栗和田集落。 11:55

    ~粥仁田峠
 しばらく車道を進むことになります。右手に●寛政12年(1800)の道標を兼ねた馬頭観音がある。
 この先しばらく進むと、●左に入る道が分岐しており、粥仁田峠・大霧山ハイキングコースという看板があります。ここを進んで行きます。 最初は舗装路で、その内●杉林を登る登山道になってきました。 見晴らしは全く効かない。右手に●赤いずきんをかぶされた石仏があったりします。 しばらく進むと●舗装された林道に合流。 ここまで15分程。   12:25

 ■粥仁田峠~
 その先5分で●粥仁田峠に到着しました。 左手に東屋があってご夫婦が仲良く食事中なのでじゃまをしないようにあたりを散策。 東屋の前から大霧山への登山道が始まっている様子。 右手に●地蔵と地蔵建立記念碑が建てられていた。 解説によると、・・・秩父事件を扱った映画「山襞(やまひだ)の叫び」を自主制作した渡辺生氏が、その際に撮影した不使用のフィルムを、事件に縁のあるこの峠に地蔵尊を建て、その下に埋めて全国でも初めてのフィルム供養したのだ・・・・という。  粥仁田峠は「粥新田峠」とも書かれて、案内板にも混在した書かれ方をしている。 昔 日本武尊が粥を煮たとか、色々の説があります。 峠頂上から秩父に向かうには、報告書にも・・道筋は東秩父村から皆野町へと入って行くのである・・・としか書かれていない。 秩父に向かっては、ほぼ真西へ秩父高原牧場を横切る道しかありません。 南方に「関東ふれあいの道」というのが通じているが、これではないように思うので、●牧場を横切る舗装路を行くことにします。 舗装路の両脇は有刺鉄線で囲まれて脇道は行くことができません。 途中●牛が放牧されているような草原に出会いますが、冬期の為か一頭の牛にも出会いませんでした。 12:40

 ■粥仁田峠~秩父高原牧場道
 大体眺望が良くないところ、高台に出て●秩父方面の眺望がすばらしい所があったのでパノラマにしてみました。 山が霞っているのが惜しい。 大体車も人も一台も通りません。 30分位で●榛名神社に出会いました。 群馬県の榛名神社の本家とも姉君の宮とも言われているとあります。しかし群馬の方とは規模が全然違うので、ホントかねって感じ。
 その後●日当たりの良い気持ちよく林道を進むと、右手に●馬頭観音供養塔があったりします。  13:15

 ■秩父高原牧場道~秩父高原牧場バス停
 道が急激に左へ旋回する手前に●林の中へ下りて行く近道のような道があり、案内板も立っており、そこへ入って行く。 ●落ち葉でサラサラした道を行くと、●巡礼道と書かれた看板が木に下がっていた。ここが旧道で間違いないらしい。
 やがて舗装路へ出て、県道82号を横断する。 「高原牧場入口バス停」の所。 県道を横断してちょっと進むと右手に●室町時代の「道しるべ 右川越安土道 左鉢形熊賀谷道」という道標がある。
 道はその先の●正面に何か記念巨石が置いてある分岐地点で左へ曲がる。 札所一番 左へという案内板がある。  13:35

 ■秩父高原牧場バス停~小野田峠
 左へ曲がって進むと、右手に●お堂が置いてあって、中には●風格を感じる如意輪観音。外には馬頭観音石造などがある。
その先県道に合流するが、県道に出た直ぐの右手に●曽根坂一里塚があって、元禄15年(1702)建立の阿弥陀塔が建っています。塔は道標を兼ね、左右に「みキハ大ミや」、「ひだり志まんぶ」と彫られている。
  道は●県道を進みますが、巡礼道は県道の左右を平行していたとかで、県道の拡張によりその面影は残っていない。 峠を越えると皆野町から秩父市へ入っていく。   13:50

 ■小野田峠~秩父霊場一番・四萬部寺
 峠から1km程下ると泉福寺入口で二叉になる。 ここを左へ と云っても真っ直ぐに行くと右手に●四萬部寺の山門が見えた。 門をくぐり中へ入ると、正面奥に●観音堂。 元禄10年(1697)建立されたもので埼玉県指定有形文化財となっています。 中々良い雰囲気を醸し出している。 寺伝によれば、昔、播州書写山の性空上人が弟子の幻通に、「秩父の里へ行って人々を教化すべし」と命じ、幻通はこの地で四萬部の佛典を読誦して経塚を立てた。寺の名前はこれに由来するとされる。 現在は一番札所であるが、江戸以前は二十四番札所で、川越通と熊谷通が出会う地点に立地するので、参拝しやすいという理由で札所番号が変更されたという。    
  門前に旅籠一番という江戸時代より続くという巡礼宿が未だ健在で、今でも営業しているのはすごい。・・・・・ということで一番札所までやって来たので次回はここから二番へ向かいます。   14:15  西武バスで西武秩父駅へ出て帰りました。

     2 一番四萬部寺~九番明智寺