初瀬街道(青越え伊勢街道)を歩く 4 
         西青山~大三(六軒町)
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 西青山-青山大師-青山トンネル-白山トンネル-八重坂-垣内宿-上ノ村-中ノ村-岡-二本木-大三   14.8  km

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■西青山~旧道・青山大師石仏群
2012年7月8日 近鉄大阪線西青山駅到着 無人駅で、1日数人しか利用しないらしいが、一緒に登山姿のおじさん達数人と下りた。早速●ガード下の国道から歩き始めた。水路を越える橋の手前に、●旧道と思われる入口が見つかった。地図にはしっかり書かれてはいるが、草ボウボウで、旧道があると確信がないと入ってはいけないし、向う側も見えていない。草をかきわけつつ強引に入っていくと、道が開け、●杉並木の残るすてきな街道が残っていた。左手の高台に●石仏群が沢山並び、明治32年に地元の太師講が設置した四国八十ハケ所霊場のミニチュアという。この旧道は国道へ続いており、国道を少し過ぎてから、戻って来ることもできる。草をかき分けるのがいやならば、戻ってくる方法でも良いと思う。  10:06

 ■青山大師石仏群~東海自然歩道・レストハウス
 
国道へ出て先に進むと、右手には●乗馬クラブがあった。向い側あたりに「伊賀茶屋」があったというが、痕跡はない。
 左手に●青山地蔵というのが見えてくる。国道から一段低い所にあるのでわかりにくいが、幟がはためいていた。壁に彫られた磨崖仏で、境内には樹齢数百年の杉や宝筐印塔がある。弘法人師一夜の作という伝説かあり。青山人師とも呼ばれる。
 しばらく行った左手に、脇道があり、●東海自然歩道のレストハウスが建っているけど、営業されていない。 10:40

 ■東海自然歩道・レストハウス~青山トンネル
 
レストハウスから500m程で、●青山トンネル手前に来た。旧道はトンネルを越えないといけない。越えるため、右手の道路へ入り、青山高原別荘地へ向うことになる。街道はその道を途中までたどり、トンネルの上を通過して行くと、●右下へ下りて行く脇道がある。雑草が茂っているが、全く歩けない道ではなく、●普通の山道だった。最近の大雨のせいか、中央部分が水路気味でズブズブなので、両脇を選んで進み、5分ほどでトンネルの先に出た。  10:58

 ■青山トンネル~白山トンネル
青山トンネル出口から700m程行くと、また●左手に入って行く旧道があった。1/25000の地図では登山道として一本の線が引かれている。●「三重県のマップ」では無くなっているとされている部分である。ま 大丈夫だろうとタカををくくって、強引に入ってみた。なるほど草ぼうぼうで歩けないという訳ではないが、中央部分が水路でズブズブ。下手をすると靴がもぐってしまう。細い木が縦横にころがっていて、足にひっかかる。・・・というような具合。そのうち●石橋が架かる所へ来た。地図ではここから右斜めに国道に向っているはずの所である。が 全く道が無くなった。右上に国道のガードレールが見えているので、道のない所を強引に数十メートルも上って行き、ガードレールを越えると●白山トンネル手前に出た。  11:40

 ■白山トンネル~垣内入口
 
旧道は当然トンネルを越えて行く必要がある。三重マップでは国道の南側から入れる様に書いてあり、現地をじっと眺めると、5m位の高台に道が開けている様に感じたので、ガードレールの切れている所から上がって行くと、●トンネルに向っている道が続いている。ここもやたら歩きにくく、水路があったり、木が横倒しになっていたりするが、上手くよけて進めた。
 やがてトンネルを越え、●右側に安全の為のフェンスがある道へ出て、国道へ合流することができた。しかし足元に注意ばかりしていたので、途中にあったという「役の行者碑」などを見逃すことになった。
 白山トンネルの向う側に出ると、すぐ左へ下る道があって、フェンスが閉り、注意書が貼ってある。
               「この道路は初瀬街道の八重坂で、垣内宿へ通じます。
                   この道路を使用される方は垣内自治会長宅ヘカギを取りに来てください」・・・・・・
 なるほど垣内宿へ通じている道であることはわかるのだけど、元々車が通れる道ではなく、歩行者は難なく脇から入れるし、車で入る者などいるのかな?・・・・・・会長宅ってどこだろう・・・意味不明・・と思った。 ま ともかく脇から入って下っていった。11:52

 ■垣内入口~花山橋
 
●八重坂

 最初は草が茂っており、おいおいという感じだが、一応舗装道路が続いている。すぐに舗装路ではなくなり、●普通の山道になった。入口から垣内宿まで「八重坂」というようだ。三重マップでは車の通行はできない。所々くずれたり木が倒れたりしているので注意・・・とある。
 昨日まで大雨で、今日も山道だからダメかと思っていたのだけど、晴れてよかったが、水路状になって、ズブズブ。石がガレ場状にもなって、下手をすると足を踏外して、捻挫でもする羽目になる。廃道というわけでもなく、ただ人が歩いた形跡がないので、変な動物に出くわしたらどうしょうと少々不安を感じる。時に●つづれ折の道があったりする。昔は曲っておらず、直進していたそうである。やがて垣内宿への入口、●花山橋へ着いた。入口から大体40分程度の山歩きであった。途中石標や石垣の所があったが、なんなのかよくわからなかった。  12:35

  ■花山橋~垣内宿
 花山橋から舗装路をちょっと行くと、●常夜燈と垣内宿の案内標柱が立っている。青山峠の東側のふもとにあたる宿場である垣内宿は、峠を越える英気を養うため、また、峠を越えてきた旅の疲れを休めるため、賑わった宿場であった。現在、昔の●屋号の看板やのれんが掛けられ、かっての宿場の雰囲気を感じさせてくれる。本居宣長、伊能忠敬もこの街道を利用し、ことに文化5年(1808)には、伊能忠敬がこの街道を測量し、垣内に宿泊して、後に「初瀬街道図」を完成しているとか。
 とはいえ、●現在の垣内宿の町並にはかっての賑わいは全く感じることができない。     12:45

 ●垣内宿
 宿の真ん中あたりに、●道路元標と乗渓寺の参道入口の石碑がある。元標は大正3年のもので、「津市元標へ六里七町九間」などとある。左手の屋根の大きな●旅籠のような旧家には「吉岡屋」ののれんが掛っている。公民館を過ぎた、右手の川端の古い大木の下に●山の神が3体ある。
 宿のはずれ、というか伊勢から来ると入口だけど・・・・、●常夜燈と垣内宿の案内板が立っている。  12:55 

 ■垣内宿~成願寺
 公民館を過ぎると、●国道165号線と合流する。ちょうどそこにコンビニがあるので、食料、アイスなどを仕入れる。今まで食堂などなかったので、実に貴重な存在。
 国道を歩いた左手にカーショップというか、修理屋みたいな店があり、その向かいの山の中腹に「虫歯地蔵」というのがあるというので、じっくり探したけど、わからず。そのままずっと国道を歩いていく。「川久保バス停」の所で、右側の脇道に入り、左手に●慈眼寺という寺がある。無住の寺のようだが、この先の成願寺の末寺で、新しく僧侶になる人の修行寺であったという。境内には山の神などがたくさんある。
 再び国道に出て、横断して、真っすぐ進む。横断してすぐ左手に●成願寺の赤い欄干が見えてくる。天台宗真盛派の中本山ということで、重要文化財が色々とある。      13:23

  ■成願寺~中ノ村・郷土資料館
 
成願寺のある所は上ノ村といって、屋号をもった家の多い所であるとされる。しかし特に変った家が並んでいるわけでもないので、よくわからなかった。成願寺の近くに●常夜燈がある。天保15年(1844)のもの。中台に彫刻が彫ってあったりする手の込んだ造りである。このまま進むと国道に出るが、旧道は途中で右手に折れて、行かないといけなかったようだけど、道がわからずそのまま進んでしまった。国道へ出た。旧道は国道の南側だが、消滅しているので、国道をそのまま行く。鉄塔の所の脇道を折れて気持ばかり旧道を進んだ。全面に小山が見えて、●中ノ村城跡というようだが、詳しいことは不明。その小山の前あたりの左手に、常夜燈があり、そこを左に曲る。すぐ右に曲るが、角に●木造の趣ある建物があった。旧白山町役場倭支所だった建物。    13:46

  ■郷土資料館~岡
  ここの地区は白山町、中ノ村といい、垣内のように宿場として公認された所ではなかったが、参宮道者の増加等によって旅寵等の商家が出現したのであろうとされる。昔の屋号が今も残っているといわれるが、そんな雰囲気は感じられなかった。まっすぐ行った突き当りにあるのが●白山町郷土資料館。その先は水田が続いている。「三重県 調査報告書」では旧道がこの●水田の間を円弧状に走っていると書き、三重のマップでは旧道の残骸が残っていると書いてあるが、どこが残骸なのかよくわからなかった。その先ぐるっと大きく半円を書いて、大村川沿いに進み、国道へ出て、少し進み、カラオケ店の所を右折すると、右手に●「白山比畔神社」と彫られた石柱の立つ水田の所に来た。白山神社の一の鳥居があった所だそうだ。   14:05

■岡~二本木
 石柱の立つ所から東へ●水田の中を進む。あぜ道だけどここが旧道。左手に●常夜燈がある。慶応3年のもの。左手に山の神があったりする。突き当ると正面に●小さい道標が立って、「上いせみち」と彫られている。ここを左折して進む。
 「二本木宿」の西はずれに入ってきたと思われる。右手に●大きな常夜燈が立つ。天保4年(1833)のもので、宿のほぽ中央に位置している。「太一」と刻まれている。    14:15

  ■二本木~大三駅
 ●二本木宿
 宿の名前は一根二幹の松の大樹がこの地にあったことに由来すると言われる。道は宿内をくねくねと曲り、東へ進んでいる。「調査報告書」の地図を見ると、町並は「西徳田」、「中徳田」、「茶屋」、「沖広」とで構成され、旅籠、雑貨屋、肥料問屋、米屋なお沢山並んでいる。現在はひっそりしたものだが、いくらかの商店が並んでいる。
 左手に●二階に昔の面影を残す家がある。ここで宿の半分位だが、帰るのにキリがいいのでここで止めることにした。すぐ北側に●大三(おおみつ)駅がある。1時間に2本しかないので、遅れると困ると思って、二本松宿を急いで通過したので、次回はもう一度二本木宿の入口からじっくりと始めることにしたい。次回は六軒町へゴールする。     14:30

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