鎌倉街道中道を歩く1 
            (鶴岡八幡宮~東戸塚まで)
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 鶴岡八幡宮-巨福呂坂-水堰橋-大船-笠間-小菅ケ谷-美晴橋-舞岡-下永谷-柏尾-東戸塚             13.7km

    鎌倉街道

 鎌倉街道とは、鎌倉時代に幕府のある鎌倉と各地を結んだ道路網で、鎌倉幕府の御家人が有事の際に「いざ鎌倉」と鎌倉へ馳せ参じた道である。
 各地から鎌倉を結ぶ街道は関東地方に限らず、ほとんどが鎌倉街道と呼ばれたという。街道は古代の官道や地方道を繋いだり、不足部分は幕府自体が建設したりして造られた。江戸時代に五街道を始め街道が整備されると、その役割を終えたが、中世から江戸期にかけて政治的、文化的に果たした役割は大きい。 
  鎌倉街道と称される枝道などは数多くあるが、主要な道としては下記の3本の道がある。
 上道・・・・鎌倉から化粧坂を越え、武蔵西部を経て高崎に至り、信濃、越後
                へ抜ける古道。
 中道・・・・鎌倉から巨福呂坂を通り、武蔵国東部を経て下野国から奥州へ
       至る。
 下道・・・・鎌倉から朝夷奈切通を越え、武蔵国東側の東京湾沿いを北上し
       て常陸へ抜ける。 
       今回はその中道を手始めに歩いた。ゴ-ルの目途は川口
 参考資料
 「中世を歩く(東京都その近郊に古道・鎌倉街道を探る)」」 北倉庄一
 「旧鎌倉街道探索の旅 中道遍」                芳賀善次郎 

 1 鶴岡八幡宮~東戸塚  2 東戸塚~中山駅  3 中山駅~二子玉川  4 二子玉川~千駄ヶ谷駅  5 千駄ヶ谷駅~川口駅

2014年3月23日
■鶴岡八幡宮
 鎌倉街道上中下道の三つのルートの地図落としに手間取り、街道歩きがしばらくできなかった。ようやく設定終わり、今回は鎌倉街道の中道を歩くことにした。
 中道は横浜を北上し、二子玉川を越え、赤羽から旧日光街道へ繋ぎ、奥州へ伸びて行く道である。しかし当面は東京都と埼玉の境である岩渕までを目標としたいと思う。ただ外の道と同様に支線やら消滅した箇所が多いができるだけ一本化して進むようにしたい。
 鎌倉駅を降りて、駅前を突っ切りるとすぐ大通りがある。これが「若宮大路」で八幡宮から由比ヶ浜まで真っすぐに伸びる大通りで、養和2年(1182)頼朝が妻政子の安産祈願の為造らせたといわれている。途中三つの鳥居があり、駅からすぐの鳥居は●二の鳥居。そこから三の鳥居までの間桜並木の気持ちのいい道が続く。3月でまだ桜はつぼみ程度。
 八幡宮の境内に入って行くと●舞殿がある。舞殿の先の石段を上がると棲門、その奥に本宮がある。石段の途中左側に大いちょうの樹があって三代実朝が「公暁」によって殺害されたのはこのあたりだというのは有名な話。ただこのイチョウは2010年の強風で倒れてしまって、現在では根から新しい芽が出るように整備されている。舞殿から西門を出て●車祓所の前のあたりを左へ入る道が巨福呂坂へ向かう道で中道の出発点となっている。  10:35

■鶴岡八幡宮~巨福呂坂
 バス通りから左へ入って巨福呂坂切通しへ向かう。左手に見えるのは●鎌倉市の巨福呂坂送水管トンネル。少々不気味な感じがする。右手奥へ進んで行く。
 途中青梅聖天社への石段がある。左手に沢山の●庚申塔、道祖神などの石仏群が並んでいる。更に奥へ入って行くと民家の庭先へ出てしまい、●巨福呂坂はここで終わる
 無理に進むと民家へ不法侵入してしまうので、Uターンをすることになる。先ほどのバス通りまで戻って左折してバス通りを進む。 10:45

■巨福呂坂~水堰橋
 バス通りを上がって行くと●巨福坂洞門のトンネルが見えてくる。洞門は落石防止の為に造られたもの。やがて右手は●建長寺。その先に明月院、左手に東慶寺、間もなく右手に円覚寺の参道が見えてくる。・・・・などなどで名所旧跡が目白押しであるのだけど、今回はお寺巡りではないので別の機会に譲らないといけない。そんな有名な場所が多い通りなので対向する人が多く、歩道のないこともあって歩きにくい。しかし北鎌倉駅を過ぎると人通りも少なくなってきた。
 やがて小さな橋が見えてくる●水堰橋という。ここは上の道と中の道との分岐点であったといい、直進すると上道、中の道は右折をして行く。
 11:30

■水堰橋~大船4丁目
 右折する角に●道標を兼ねた石仏がある。享保12年のもので下面に大きく・・・・道 と彫られてはいる。左の電柱の陰に標柱があったらしいが気がつかず。
 中の道へ入り、JRの線路を渡ると右手に●茅葺きの山門が建つ、成福寺の山門である。●住宅地の中の細い中道を進んだ。11:35

 ■大船4丁目~大船郵便局
 しばらく歩いて広いバス通りぶつかると正面に●地蔵堂がある。離山富士見地蔵とある●標柱には「旧鎌倉街道中道」の文字が彫られている。芳賀善次郎本では・・・往時このあたり一帯には地蔵山、長山、腰山という三つの離れた山があり、地名となった。地蔵堂のあたりが地蔵山。長山電機一帯が長山。腰山は旧大船撮影所(現在の鎌倉女子大のあたり)であったという。
 地蔵堂の左を過ぎて●細い道に入る。昔は三つの山の裾野を通る道であったのだろうか。左手にあるJR大船駅の広い通りを渡る。やがて東芝の大きな工場に突き当たった。そこで砂押川を渡って工場に沿い右折すると●桜並木の散歩道が続いている。12:05

 ■大船郵便局~笠間交差点
 桜並木はこの先にもっと続いているようだったが、旧道は右手に「資生堂の工場」を見ながら左折することになる。右手の丘に笠間の鎮守である●青木神社の長い石段が見えた。ちょっと躊躇したのだが上ってみた。普通の社殿が建っていただけで、少しは眺めがいいかと思ったが、木々が茂って回りが見えなかった。石段を下りて旧道を進む。
 少し先の左手に●4基の庚申塔と半分に割れたような地蔵像がある。説明によるとこの塔は笠間村の出入り口の位置し、魔除け厄除けとして祀られたものという。
 そして5分ほど歩くと道の右手に道標を兼ねた●今泉村不動像が鎮座し、道標には「今泉村不動一心院」とあり、裏には「寶永七庚寅五月」と刻まれている。今泉不動は今でも鎌倉市今泉四丁目にあるというので、地図で確認すると東南方向の2.6kmくらいの所に今泉不動というバス停が確認できる。しばらく行くと●笠間交差点に出る。変形六差路の複雑な形をしている。ここを横断歩道で渡って行く。 12:40

 ■新橋
 横断歩道を渡ると「いたち川」に架かる新橋がある。川名は漢字で表記することは難しく、また動物のイタチではなく、鎌倉武士が出陣するときの「出立川(いでたちかわ)」がなまったものといわれている。川向こうに●延命地蔵尊と●道標が立っている。川岸には宿駅があり、鎌倉公方が武蔵国へ赴く時はここで昼食をとることが慣例になっていたそうだ。道標には「従是とつ加道」、「従是ぐミやうじ道」と「彫られ、 とつ加道とはこのまま直進して戸塚へ向かう道であり、「ぐミやうじ道」とは「中の道」のことで●右手に別れる細い道のことを指す。もちろん中道は右折する細い方を行く。  12:50

■新橋~小菅ケ谷小学校
 西本郷小学校を過ぎると道が細くなり、左手に●稲荷社があり、庚申塔や地蔵像などが数基並んでいる。やがてJR根岸線の高架が見えて、そのガードをくぐると●道は二又になる。ここは左の坂道を登って行く。この左手の角の家には大きな長屋門が備わっている。
 この坂道は古い道らしく、細いフェンス沿いの道だが、すぐに本郷台の団地の開発のため破壊されてしまったようで、この先は住宅団地の中の道を進むことになる。団地は斜面に造られて、団地の中を道なりに登って行くしかないが、円弧状に進んで●小菅ケ谷小学校の正面に出てきた。   13:32

■小菅ケ谷小学校~見晴橋
 小菅ケ谷小学校の西隣を過ぎると行き止まりになって、右手の見晴橋へ迂回する、このあたり尾根の上で左手の方は●なかなか眺めが良い風景である。GPSでみると標高50mくらい。●見晴橋を渡る、下の道路は環状3号線。橋の上の見晴らしもまたすばらしい。旧道は橋を渡るわけではないので、往時はここを下って、向う側へ登っていたのだろうと思う。小学校の名前の由来の小菅ケ谷と言うのかも知れない。
 橋を渡ってすぐ左折し●自治会館の裏道を通る。この道は戸塚区と栄区の境界で、この先しばらく境界線を通って行くが、境界線が鎌倉街道の旧道だそうだ。上り坂を上がって行く。資料では「すりこばち(摺小鉢)坂」というらしい。  13:40

 ■見晴橋~舞岡南の橋
 この先の道は●高台の中を進む道で眺めが良い。両側は●住宅地が続いている。標高は70から90mくらいの所。やがて●舞岡南の橋に出てきた、この橋は新しく、下の広い車道の両側は垂直の切り通し道で、昔はどの程度上がり下がりしていたのかよくわからない。  13:51

 ■舞岡南の橋~港南プラザ前交差点
 渡った先の左側に●道標を兼ねた庚申塔が移設されている。元文2年(1737)に建てられた。右側面に「これよりぐめうじミち」、左側面に「これよりかまくらミち」と彫られる。説明ではこのあたりは雑木林に覆われた尾根道であったが、道路建設で地形が大きく変わってしまったという。 そのまま道なりに行くと●舞岡公園の中を通り過ぎる。
 舞岡公園を過ぎると両側はぎっしりとした住宅街。旧道は消滅している。その為痕跡らしい所を通って行くことにして、●港南プラザ前交差点を左折する。   14:10

 ■港南プラザ前交差点~下永谷駅入口
 時計回りの円弧状に進んでむ。ここも港南区と戸塚区の境界が走っている所である。境界線が鎌倉街道の旧道だそうだからこれで良いのかも知れない
 マンションの裏で左折するのだが、その前に●日限地蔵尊に寄っておく。 真言宗八木山福徳院といい、日を限って願を掛けると願いが叶うと言われる。毎月4の付く日が参詣人で賑わうらしい。今日は誰もいなかった。
 地蔵院南側のマンション脇から入って、地蔵の建つ●日限山の坂道を上がって行く。ここも港南区と戸塚区の境界となっている。南側はぎっしりと住宅街。途中の住宅の中の階段を下りていくと●雑木林と住宅の間の細道となって、バス通りへ出た。  14:50

 ■下永谷駅入口~下永谷市民の森入口
 バス通りをちょっと下り、下永谷駅前通りに向かって右折。すぐ左折して特養ホーム「芙蓉苑」の脇の坂道を登る。
 突き当たって右に曲がると、その先は●細い野道が続く快適な散歩道となった。ここも例によって戸塚区と港南区の境界線が走っている。
 未舗装の林間の道があったり、高台の道なので眺めが良かったり、突然農道の私道のような所も通過する。道なりに進むと普通の一般道になり、●県道横浜伊勢原線に出る。ここは案外交通量が多かった。ここを過ぎて道なりに曲がると●下永谷市民の森入口に出た。 15:16

 ■下永谷市民の森
  そのまま公園の中に入り、公園の縁沿いに進んで行く。●●●境界線上に細道がそのまま残されていて、中々快適な道となった。五山見亭という標識があったが、何だかわからず通り過ぎた、尾根道なので両側の眺めがよろしい。  15:22

 ■下永谷市民の森~東戸塚・柏尾バス停
 やがて●下る一般道になって、道なりに下って行く。●柏尾郵便局の脇に壊れかけた五輪塔がちょこんとある。下り終わったら●国道1号線。 眼の前の柏尾バス停に行こうにも、車が多くて横断ができない。しょうがなく歩道橋を渡り、東戸塚駅行きのバスで帰宅した。 15:30

     2 柏尾バス停~中山駅