房総往還を歩くⅡ-5 
            (竹岡~保田
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 竹岡駅-黄金井戸-洞口トンネル-丑山トンネル-島戸倉トンネル-金谷-鋸山-保田駅  9.26km              

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2026年5月24日 画面をクリックすると拡大します
■竹岡駅~黄金井戸
 今回は竹岡駅から鋸山を縦断して保田まで。この区間から房総往還である国道127号には幅が狭くて、歩道もない、通行に危険なトンネルが連続し始めます。特に保田手前の「元名第二トンネル」は歩道もなく、距離も長くて、止めておいたほうが良いという意見が多く見られます。 今回、鋸山も行ってみる予定と言うと、山女の奥方が「私も行く・・」ということで、とても危険なトンネルを通すわけにもいかない・・と思い、鋸山を迂回路として利用し、保田へ出るという案が良いかなと思いました。
 ●竹岡駅を出て、国道へ回ると左手に、●ヒカリモの発生地である黄金井戸があります。"説明板 " ●黄金井戸を覗いてみたが、モは光ってもおらず、何だか良くわからなかったです。 10:22

■黄金井戸~洞口トンネル
 国道127を行きますが、右手、向こうは相変わらずの●横須賀火力発電所がうっすらと見えます。 最初の●打越トンネルへ来ます。ここは広目の歩道があり、難なく越えます。 次の●洞口トンネル(隧道)は歩道がないけど、距離は大したことがないので、車の状況を見て、さっと通り抜けました。 10:41

 ■洞口トンネル~丑山トンネル
 トンネルを抜けた辺りは別荘地になっているようで、瀟洒な別荘が並びます。管理維持が大変ではないかな・・など思うのは普通人のひがみか・・。 ●左からLNG船、右手から金谷のフェリーがやってきます。 右手に道の駅風な●「天然温泉、海辺の湯」とレストランが広がっています。 その先、●丑山トンネルも歩道があるので助かります。 11:00

★島戸倉トンネル
 「不思議なトンネル」
 ●島戸倉トンネルは歩道がなければ、右側の旧道を通ればよいと、思っていたところ、歩道のついたきれいなトンネルがあったので、そのまま通りました。 通ってから古いほうはどんなかなと、覗きに行ったら、なんと●右側2/3位壁で覆われ、右側半分の道路に「私有地」とペイントしてある。●中の方も半分私有地で荷物置き場になっている。通れるのは左半分で、通行止めや通行禁止の表示はないので、歩行者と自転車くらいは通れるでしょう。 ここは調べる必要があると思い、色々検索したところ。・・・・
 この古いトンネルの方は明治時代には存在し、隧道と呼ばれる規模であったと思われます。現国道の方は1943年(昭和18)に完成しているので、新旧2本並んでいたということになる。新しい方は、その後、2003年に改修され、現在に至ります。その改修の際、通行止めにすると困るし、といっても代替可能の古い方は幅が狭いということで、古い方を拡幅したいが、土地買収がうまくいかず、借地して、旧を拡幅改修。 新の方を改修終了後、土地を返還せざるを得なかったという事情だそうでした。 11:08

 ■島戸倉トンネル~金谷港
 ●県道237(浜金谷停車場線)の下をくぐり、●大日トンネルを抜けます。左側に迂回路のように道が付いているので、トンネルをくぐらなくて済むかと思い、そちらへ回ったけど、左側へ行ってしまうので、戻ってトンネルをくぐりました。歩道は付いていないが、短いのでわけありません。 正面に●金谷港が見え、金谷フェリーが止まっています。 11:23

 ■金谷港~
 ●エネオスのスタンド手前を左折して、JR浜金谷駅まで行きますが、不思議なことに駅までの260mくらいが県道237号。富津館山道路の金谷ICまでの「浜金谷停車場線」も県道237だが、だいぶ離れているけど、なんなんだろう。 左に●JR浜金谷駅を見ながら、細い旧道を道なりに進むと、●「かぢや旅館」の前を通ります。かぢや旅館は「創業安政元年」(1854)とあり、元旅籠のように思うけど、宿屋になる前は、鍛冶屋だったそうです。鋸山の中腹に里見城の出城があり、刀鍛冶もしていたとか。11:43

  ~金谷神社
 更に●旧道を進み、一度国道へ出て、信号を左折すると●金谷神社があります。祭神は豊受姫神、金山彦神、日本武尊という大物だが、普通の神社のたたずまい。右脇にある鐵尊神社に収まる●大鏡鐵というのが珍しく、"説明板" 地元では日本武尊が東征の際、船の船首にかけてきた大鏡だと伝わる。また、塩釜市の塩竃神社の製塩で使用する鉄鍋と類似していることから、製塩に使う鍋であると推測されている。尚撮影の際、ガラス戸の反射でどうしてもうまく撮れず、千葉県教育委員会のHpから検索すると"こんな感じ"
 11:50

★鋸山巡り
 神社の先は鋸山登山路入口と「ロープウエー乗り場」になるけど、登山する時間はないので、ロープウエーを使いまして、頂上まで上りました。●頂上から金谷港一体のパノラマ。三浦半島は霞でモヤっと。 日曜でちょっと人出があります。 鋸山の南側一体は「日本寺」の境内に囲われているので、ここから先、拝観料が必要になります。拝観料を支払い、案内に沿って石段を行くと有名な●地獄のぞきに出る。列が作られていたので、行かなかったが、脇から見ます。鋸山では房州石の採石が盛んで、ここも90°垂直に切られて、脇から覗いても相当怖いね。 12:35

 案内に従い、石段を下りていくと、●磨崖大仏の所に来ました。百尺観音とか五百羅漢とかは通過。大仏の総高は31.05mで、奈良の大仏(約15m)や鎌倉の大仏(約11m)をはるかにしのぐ、日本一大きな磨崖仏です。"説明板" 。全山ほぼ石段が続き、2600段以上あるそうで、下りでも相当膝が張ります。上りは尚大変でしょう。へたり込んでいる人に、何人か出会いました。
 またどんどんと下りていくと●薬師本殿 医王殿がある。昭和14年不慮の火災により焼失。平成19年10月に再建された。様式は鎌倉時代の禅宗様式。消失前の仏殿は頼朝による医王殿の扁額が掲げられていたという。 更に下がっていくと●日本寺本堂がある。
 日本寺は聖武天皇の勅願により、行基によって神亀2年(725年)に開山されたとされる。当初は法相宗で、平安時代に天台宗、その後真言宗を経て江戸時代家光の時、曹洞宗に改宗している。最盛期には七堂十二院百坊を有する規模を誇ったが、明治の廃仏毀釈や火災などにより、現在残る堂宇はごくわずかとなっている。 

  本堂左側に●仏舎利塔が立つ。昭和61ビルマ政府と、平成元年インド仏教会より奉納された仏舎利を祀っている。令和7年、日本寺開創1300年に落慶しましたという。瓦葺、八角形の三重塔で日本唯一の建築物です。 石段を下りて、途中左手に●大蘇鉄というのがあり、頼朝が再起を図った折に日本寺で武運を祈願し、自ら蘇鉄を手植えしたと伝えられる大蘇鉄で、樹齢800年を超えているとか。 そのまま下りていくと●仁王門に出ました。こちらが裏門と思っていたら、表門でした。こちらから頂上まで上っていくと、石段の連続で大変ですね。 13:35


 ■仁王門~保田駅
 国道の「鋸山保田口バス停」付近に出て●「羅漢道 日本寺」の道標が立っていて、日本寺大仏→の案内板も立っている。日本寺の表参道はここから入って行くようです。「安房国」に入り、最難関の一つ、「明鐘岬」に係る、「明鐘トンネル」、「元名トンネル」などを通らずに済みました。 ●国道127号を南下、やがて●保田駅へ到着しました。本日は早いけど、奥方連れでありまして、「道の駅 保田小学校へ」寄り、お土産など買い、帰りました。14:10終了。

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