中原街道歩き旅    3武蔵中原駅からまで  歩行地図
 仲町台駅-向原-大塚原-佐江戸-長坂-横浜動物園-下川井-二ツ橋町-桜ヶ丘駅  15.2km
 

 1 桜田門~  2 五反田駅~  2-2 丸子橋~  3 仲町台駅~  4 桜ヶ丘駅~ 

 ※ 写真をクリックすると拡大します
 2008年10月13日 横浜市営地下鉄仲町台駅より開始
 ■地下鉄ガード~佐江戸
 前回の地点、地下鉄のガードをくぐり、向原交差点へ向かう。交差点を右折すると、両側は●桜並木になっていた。「桜並木」というバス停がある。「大塚原交差点」で左折する。この先がずーとゆるい登坂になって、東方原あたりが頂上となり、下り坂が始まる。星谷あたりは谷底のようになっている。これから先の街道は尾根と谷を通過しているらしく、アップダウンの道が続くこととなる。10:45

 右側の「原庭」バス停の脇に祠に入った●庚申塔が建つ。この庚申塔は相当古くかろうじて左上に正徳4年(1714)と読める。すぐ先の左手にも、祠に入った馬頭観世音もあるが、こちらはあたらしい石塔の後ろに古い馬頭観世音が隠れている。古いほうは摩滅してよくわからなくなっているので,隠しても良いと考えたのかもしれない。「開戸」の右手に御伊勢大神宮●庚申塔がある。すこし先の左手に赤いタスキを掛けたお地蔵がいる。三猿がお地蔵様を支えている庚申塔の形をとっている、あまり見ない形式のもの。このあたり右に左に石塔が建っていて、道を横断するのが忙しい。  11:08  

 ■佐江戸~宮下交差点
 ●「山王前」で道は二股になっているが、旧道はそのまま直進して行く。 右手東漸寺の参道入口にも地蔵・庚申塔がある。
東漸寺は僧行基の開基という古刹。佐江戸の交差点を過ぎる。佐江戸は中原街道の宿駅になっていた所で、馬の継ぎ立てを行った。「佐江戸」とはもともと「西土」と書いたのを、江戸の左に当たるので「佐江戸」と呼んだという。右側高台に●杉山神社がある。石段の上口に関東大震災復興の碑がある。

 杉山神社から街道に下りてくると、左手に●二十三夜塔と双体道祖神が並んである。双体道祖神は中山道では沢山見たけど、このあたりでは珍しいのではないかな。「二十三夜塔」とは二十三夜の月の出を待って、月を拝むという信仰に基づくもの。庚申塔と同じように夜遅くまで、飲み明かすという意味もあった。
 しばらく行って、「地蔵尊前を右折する。右手に●「地蔵尊」が新しい祠に祀られている。道路整備でここに移転してきた。交差点角に人だかりがしている、有名そうなおそばやが建っていて、入りたかったけど、一人では歓迎されそうになく断念。ここから落合橋で鶴見川を渡り、「横浜線」の上を通り、「宮下」交差点に至る。 12:00

■宮下交差点~長坂
 ●宮の下交差点を右折すると右手に●杉山神社がある。 祭神は「五十猛命」(イソタケルノミコト)。日本書紀にだけ登場し、スサノオの子で全国に木を植えたので、林業の神ということになっている。佐江戸にも同名の神社があったし、この辺には「杉山」の名前の神社が多いと思って、調べてみたら、横浜市北部に多く、都筑郡では唯一、杉山神社だけが式内社とされたので、あちこちに勧進されたことのようだ。西隣は「長泉寺」    12:30

 旧道は交差点の先、ちょっとだけ●左手へ入って行く、寺山町の信号で再び合流する。寺山町のあたり、「長泉寺」へななめに続く細い道が、昔の「鎌倉街道」だったという説があるので、そのうちに歩いて調べておきたいと思う。その先長坂歩の道橋付近から長坂という名にふさわしくなだらかな上り坂が続く。右側には「四季の森公園」という広い公園が広がっている。左側は●「長坂公園」という公園があり、駐車場の上がテニスコートに利用されている。  

 ■長坂~横浜旭陵高校前
 長い坂を上がって行くが、「上白根病院」のあたりから、前方を見るとムっとしてしまう。まっすぐな道がつづいているが、●アップダウンがきつく延々と続いていた。頂上はここの地点より上にあり、ここを歩いていくのかと思うとぞっとしてしまった。歩く気がうせるね。本当にこの街道はアップダウンが多い。気を取り直して歩き始めた。しばらくいくと●「横浜ズーラシア」の入口になった。ズーラシアは見えないけど、入口は車で渋滞している。ズーラシアがここにあるとは知らなかった。ま 地図では予習してあったのだけど・・。  13:30

■横浜旭陵高校前~西部病院入口
 「横浜旭陵高校前」あたりが頂上で、少しホっとして、下りの道を行くと、都岡町交差点手前に●庚申塔日蓮報恩塔都筑郡役所跡碑(明治11年開庁)が続いて建っている。都岡町交差点を横断し「御殿橋」で帷子川を渡る。 (徳川家康が江戸入城の際にこの橋を渡ったことや鷹狩りなどに利用した事からついた)。すぐ先左手に「三嶌神社」への石標があり、奥に入っていて参拝した。 ここの本殿は一応千木が乗って、神明造りの様でもあり、鰹木が乗っていないあっさりとした形でした。

 保土ヶ谷バイパスをくぐってからの旧道はなんと●左の階段を上がって行くという。事前知識で仕入れてあったので間違えなかったけど、この階段が旧道とは誰も思わないでしょう。(看板くらい立ててほしい)。階段を上がると寂しい林の中だった。林を抜けると左側に「老人介護施設」。そこから交差点を横切り、まっすぐ行くと 右手に「一里塚跡」。 左手は展望台がある。右ななめ前方には●岩船地蔵尊が祀られていた。「矢指配水池」を右に見て、追分市民の森」を過ぎ、住宅街を抜け、やがて「西部病院入口」で県道45号線と合流する。 14:20

 ■西部病院入口~境川
 相鉄本線の線路を地下道でくぐると、しばらく下り坂になっており,、「二ツ上交差点」角に●「二ツ橋地名由来の碑」 隣に「石橋供養塔、裏には「中原街道の道標」と史跡が集められている。 、 また上り坂となって、南台あたりから下り坂となり、歩道橋の先の「梛の木の石碑前」バス停の脇に●「梛の木の石碑」がある。 ・・島津久利がこの地に薩摩から取り寄せた椰の木を植え、1844年の江戸城での大火の際、椰の木を伐採して中原街道を急送し、復興したと伝えられている。

 「北新入口」の信号のあたりに地神と彫られた石塔と双体道祖神、外に小さな塔が数体。かなり古くて姿形もよくわからない。ななめ右に「●宗川寺」がある。「寛永2(1625)年に富士重須本門寺第12世日賢上人開山、石川宗川開基」というお寺。山門をくぐったところに二本の銀杏があり、「夫婦銀杏として昔から安産祈願の信仰を受けている」という。●境川を新道大橋で渡る。ここから先は大和市になる。 15:30

 ■境川~桜ヶ丘駅
 面前にかなり●急な上り坂が迫ってくる。本日最後の坂と思うとやれやれという感じで、ただ林も両側にありなんとなくほっとする気分。本日のゴールの「桜ヶ丘駅」ももうすぐ先。けっこう疲れてきた。街道の両側にはぶどう園が点在している。右側に「中古車研究所」なる名前の中古車屋さんがあった。やがて大きな歩道橋が現れ、そして一つ先の信号を右折して、●「桜ヶ丘駅」へ到着した。駅前は特になにもなく、コーヒーショップくらいあってほしかったが、なかった。中央林間で乗り換え、直通で埼玉まで帰ることができた。 15:55

    中原街道 2-2へ  中原街道 4へ