026十和田中央から七戸十和田     歩行地図
 稲生町-稲生川-三本木-土手山-真登地-洞内-砂土路川-池ノ平-高瀬川-七戸町-新町-七戸十和田駅 13.29km

2021年5月27日 (写真をクリックすると、拡大します)
■稲生町~稲生川
 8時40分、ホテルを出て、「稲生町」交差点から1本北側の交差点を右折。左手に●カトリック十和田教会がある。昭和7年に建てられ、スイスの建築家、マックス・ヒンデルの設計による、ロマネスク様式の教会堂 。 街道に戻り、左には●三本木稲荷神社。新渡戸一族の十和田開拓完成にあたり、元集落の産土神だった「千歳森稲荷大明神」を現在地に勧請したのが始まりと伝えられる。
 その先、警備上の理由からわずかに右に曲げられ、稲生川に架かる●「稲生橋」を渡ります。新渡戸傳は十和田開拓の為、奥入瀬川の取水口から、トンネル2本を含み、全長10里(40km)に渡る人工水路を堀り上げた。安政6年(1859)、導水が開始され、この地が実り豊かになるようにと願いをこめて、藩主南部利剛により●稲生川と命名され、新しい町は「稲生町」と命名されました。 9:10

■稲生町~三本木
 橋を渡ると、格子状の町並は終わりますが、●道は尚、真っ直ぐ続く。 元町に入り、ガソリンスタンドを左折すると、150m先の左に●元町神明宮(八幡神社とも)という神社があります。 説明板  三本木の荒野を初めて切り開いた作助が、天明飢饉の犠牲者の菩提の為、伊勢神宮を勧請し、境内に銀杏を植樹したと伝わる。 「元町バス停」先で右に曲がり、左斜めにへ進むと、水路脇に●大清水大明神があります。 地名の「三本木」は境内の3本の「シロタモ」の木に由来していると云われ、その根元から清水が湧き出て、旅人の疲れを癒したと言われている。どれが由来の三本木か説明がないので、わからないのだが、●本殿 後ろに「しで」が下がっている木があるので、"子孫の木"だろうと思います。  9:35

■三本木~真登地
 街道に戻ってして北上。「土手山」に入る。江戸時代に街道の風よけや、牛馬放牧の防護策として築造された、土手があった所だそうです。 右前方に●土手山のケヤキが見えて来る。説明板  松前藩主が参勤の折に、植樹したと伝わる。(樹齢推定300年・樹高26m)。脇に●土手山神社があって、祭神はなんと、マーシー号という馬。マーシー号は 小岩井牧場で生まれた召雌馬で、 昭和25年のダービー優勝馬クモノハナ号(兄馬)を凌ぐ駿馬であったという。
 その先しばらく北上。右から国道4号が合流した先、左の「石材店」の先、左手に●「間登地一里塚があります。 西側のみ残り、東側は、昭和30年代に取り壊された。 東京から「699km」のキロポストがあり、左手一帯に●八甲田山系の山々が良く見えました。 10:30
■真登地~洞内本村
 その先、「南洞内バス停」のある所の歩道が広くなり、左側は●真登地公園となっていて、東屋、枯れた池などがある。 公園入口に"黒石面の奥州街道道標"が立って、「左 至江戸日本橋百九十三里拾八町、右 蝦夷地松前 只今測量中ニ付候」と刻む。
 次の●「洞内」交差点を右に曲がって「洞内城跡」を見に行きます。 10分程進むと、左手「法蓮寺」境内一帯が●洞内城跡」にあたります。 洞内城は三戸氏の被官「洞内氏」の城と伝えられ、東西160m×南北250mの規模で北と南の郭に別れ、法蓮寺は北側の存在する。九戸政実の乱で洞内城は落城し、洞内氏は逃亡した伝えられている。 ●法蓮寺は常陸国真壁の住民「平四郎」が一念発起して出家、「法心」(法身?)と号し、宋で修行、国師となり、晩年にこの寺を開基したという。説明板 11:05

■洞内本村~砂土路川
 街道に戻る途中、「法身塚通」バス停の所を、左に入って行くと、右手丘の麓に、●法身塚がある。石段を上がった、 杉木立の中に先の「法連寺」を開基した「法心(法身)」や、「開山法心諸大和尚」、「二代道無老和尚」等の歴代住職墓と伝わる●数基の「卵塔」(無縫塔)が並んでいる。(法心と法身の名前が混同して使われているようだけど,理由は不明)  説明板
 街道に戻って、先に進むと砂土路川に向かって、●急激な下り坂になります。坂の入口付近は”茶屋”と呼ばれ、江戸時代後期には旅人の難儀を救うための、茶屋が左側に置かれていたという。 砂土路川手前を左へ、林の中に入って行くと、"朱の小橋"が架かり(袈裟掛け橋?)水田の中に●「袈裟懸けの松」があります。法連寺の「法心和尚」が客僧達の為に田を耕し、袈裟を掛けたと伝わる松で、現在の松は幕末に植えた2代目という。  11:45

■砂土路川~池ノ平一里塚
 砂土路川の底面から当然の如く、上り坂にになり、結構辛かった坂でした。上りきる所あたりから、松並木となり、大沢田に入ると左右に見事な「松並木」が続く・・・と解っていたのだけど、左側の歩道を通っていたので、あまり情景が感じられず、●歩道側の松並木はこんな感じです。 "グーグルアース上での情景 " 明治末年に軍馬補充部三本木支部が、 草刈用地の防風林として、土手上に植栽したものといいます。 街道右側には「北野神明宮」があり、●右手の「コンクリート会社」の所の交差点を左に曲がります。すぐ先に、●モーテルの看板の所を左に入るのが旧道で、入ると左手がモーテル、右側に●池ノ平一里塚が両塚残っています。説明板
 ここの所は一回りして又街道に合流します。  12:25 

■池ノ平~高瀬川
 すぐ先で七戸町に入ります。 川去川、大林川が作る段丘の●急激な下り坂と、上がり坂を繰り返し、その先、右手に●「蒼前神社」がある。この地方には「蒼前神社」が多く存在し、馬の神(馬頭観音)を祀ります。 高瀬川に向かって大きく左カーブした先で、高瀬川に架かる●七戸橋を渡ります。七戸町は馬の産地で有名で、 七戸橋」の親柱には、"「馬」の絵"が掛けられています。
 ●高瀬川を渡ると七戸町中心部に入り、旧七戸宿となります。 12:56

76 七戸宿
 藤島宿から3里34丁51間(16.38km)。中世から南部氏の拠点だった1つで、建武2年(1335)に南部政長が七戸城を築き、以後七戸氏と称して、城下町として発展した。又六カ所村方面の道筋も分岐し交通の要衝でもり、盛岡藩領北部の政治、経済の中心として栄えた。

■高瀬川~七戸町
 ●「小川町バス停」辺りの七戸町の町並。町はどんよりと沈み、活気が感じられない。人出もないし、シャッターの下りている店が多い。 しかし、古くからの醸造の町でもあるので、旧宿場の面影を感じさせる建物が多く残されています。 ●味噌・醬油醸造の「山勇商店」。 現在は廃業して、イベントスペースなどとして利用されているとか。出し桁(せいがい)造り、千本格子の建物は明治35年の建築。「看板」はそのまま置かれています。 左隣の「ファッションプラザ田忠」は暖簾に「創業470年余」と書いてあって、建物の割に歴史が古い。右隣の「川作酒店」は元禄創業ですと。
 1軒先に、●蔵元「盛田庄兵衛」の店舗。杉玉が下がっている造り酒屋で、創業は宝永6年(1776)。駒泉(こまいずみ)というお酒を造る。  そのまま中心街を進むと、●左に 青森銀行、右に七戸郵便局がある交差点となり、 左へ行くと、七戸城跡。右へ曲がると町の中心部へ進む。 ここは左へ曲がって七戸城へ向かいます。 13:05

★七戸町
   左折すると、正面に●七戸町役場(七戸庁舎)があり、 その背後の小さな山が、七戸城のあった旧地です。 今は「城跡公園」として整備されている。 右手角に●旧七戸郵便局(国有形文化財)が建っている。 4間半四方の規模で、木造総2階建、ドイツ下見板張の外壁、ペンキ仕上げ、開口部下の意匠など、昭和初期の洋風建築の特徴を良く現しているという。昭和3年の建築。
 七戸支所建物の後方高台に●「秋葉神社」がある。鉄製の滑りそうな階段でしか行けない感じの、不思議な場所に建っている。 庁舎の左脇の坂を上がると、「柏葉(城跡)公園」で、●「七戸神明宮」が七戸城本丸跡に鎮座します。 13:20

★七戸城跡
 神明宮裏手一帯が●●七戸城跡」で、説明板 面積が11ha以上もあり、とても撮りきれるものではなく、一部分だけ撮ってみました。七戸城は「柏葉城」とも呼ばれ、南部政長が南北朝時代に築いたと考えられる。天正19年(1591)の九戸政実の乱に加担し、落城している。本丸 二ノ丸 北館 下館等からなる平山城で、江戸時代に盛岡藩の代官所が置かれている。傍らに●南部家29代藩主・南部重信の歌碑が立っています。  

■七戸城跡~新町
 街道に戻り、交差点を直進。すぐ先の右手に「青岩寺」があり、●山門は、明治6年に旧七戸城の本丸城門を移築したもので、大正後期に老朽化で二層部分を撤去、間口を切り詰め切妻三間一戸、八脚単層門となっています。 境内に奥州街道の追分石があったのだが、撮るの忘れた。 道を進み、●七戸病院手前の十字路を左折すると、県394号に突き当たり、●正面は丘になっており、旧道は丘を越えて、真っ直ぐ描かれるが、通れそうもない。 そこで丘の麓を迂回して、県道に出ようと右斜めに入ったところ、●丘面を上る階段を見つけたので、上ってみた。  13:50

■新町~七戸十和田駅
 丘に上がると少しばかり●七戸町の風景が遠望でき。五戸町に比べると、かなりまばらな風景です。七戸町役場自体は、北方の奥州街道が二手に分かれる間に存在するのだけど、支所の方は規模的にどうなのだろう。 階段を上がった右手に●天王神社がありました。道の方は真っ直ぐ行って、すぐに県道に合流しました。 この先は県道を真っ直ぐ行くだけで、左手に●「道の駅 しちのへ」がある交差点で今日の歩きは終えることにしました。 " 七戸十和田駅 "から帰りました  14:15 

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