西浦賀街道を歩く2
      (逗子~東浦賀合流点)
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 逗子駅-富士見橋-葉山元町-一色-滝の坂-栗坪-高祖坂-大津-東浦賀道との合流点 16.84km
 


 2014年10月13日
■久木郵便局前交差点~新宿3丁目
 西浦賀道2回目。今回は東浦賀道との合流点まで行き、三浦半島横断したいと思います。●JR逗子駅到着。9時40分頃。早速前回終了した、●久木郵便局前交差点へ行きました。県道311を横断、●住宅街の中の細い道を進みます。 10:04

 ■新宿3丁目~富士見橋
 途中右手に●新宿地蔵堂があり、地蔵2体と五輪塔1体が前掛けを架けられて並んであります。すぐ先左手は「逗子開成高校」が建っている。ここは「哀歌 真白き富士の根」で知られる、ボート転覆事故が発生した学校でした。 その先しばらく進むと、●田越川に架かる「富士見橋」に出ます。"説明板" 下を流れるのは●田越川。すぐ先は「逗子湾」。 10:19 

 ■富士見橋~渚橋
 橋を渡って右折するところ、左へ少々の寄り道。 右手に●延命寺抱辻の地蔵堂というのがありました。元禄9年(1696)の石地蔵があり、享保8年の供養塔、文化3年(1806)の六十六部供養塔などが並んでいます。このあたり刑場の跡といわれ、その供養の為かもしれないとのこと。 その先右側の高台に●六代御前の墓というのがあります。六代御前とは、平高清(1173-1199)のことで、は平維盛の嫡男で、平正盛から六代目にあたる。 平家滅亡後、とらえられ、殺害されるところだったが、「文覚」によれ助命された。しかし、頼家により斬首されて、この地に葬られたという。"説明板" 。富士見橋に戻って、そのまま直進。●渚橋まで来ました。
 10:35

 ■渚橋~日陰茶屋
 渚橋のトンネルをくぐって●逗子湾を見ます。正面奥は「江ノ島」。何艘もヨットが走っています。さすが「逗子!」って感じ。
 街道に戻って、切り通しを抜け、「葉山町」へ入ります。先に見えるのは●旗立山。(鐙摺山 あぶずりやま)ともいう。源平合戦の時代、三浦氏と畠山重忠が戦った際、三浦義澄がこの山で旗を立て、気勢をあげたことに由来するという。"説明板" 
 斜め前の風格ある建物は●料理茶屋の「日蔭茶屋」。大正5年に発生した日蔭茶屋事件で有名になった所。(日蔭茶屋事件wiki) 10:48

 ■日陰茶屋~葉山元町交差点
   「清浄寺」の先、民家の脇に葉山町指定重要文化財●「脇町の庚申塔」数基が建っている。その中の1基は道標を兼ねているようだが、よくわからず。 その先、斜め左に入って行くのが旧道で、左へ入って行く。ここはそのまま元の街道に合流するのだが、端折って、半分、途中で右へ曲がって行くと、街道右手に●老舗和菓子店「永楽家」があります。明治42年の創業。明治27年に葉山御用邸ができて以来、葉山町は一大別荘地として栄えて、海岸沿いに商店街ができ、賑わったそうで、永楽屋もその中の一軒。 その先●葉山元町交差点 で左へ曲がります。 11:03

 ■葉山元町交差点~葉山町役場入口
 ●木の下交差点で右へ曲がり、葉山町立図書館前を通過し、国道134号に合流します。「葉山小前」信号手前で、右斜めに入るのが旧道で、●上り坂を上がり、円弧状に下がって行くと、国道に合流する●葉山町役場入口に出ました。 11:31

 ■役場入口~一色
 ●「役場入口交差点」は複雑な形状をしており、国道と広い上り坂の真ん中の細い坂道が旧道で、そこを上がって行きます。この先は「一色の旧道」と呼ばれるようで、●ジグザグに住宅の中を通るので、事前に地図に入力しておかないと、とても正確には歩けません。途中、県道に出る手前を左へ入ると"平松の地蔵堂" というのが建っています。 その先●草むらに「一色の旧道」という標柱が立っている所がある。 11:47

 ■一色~滝の坂
 ●「庚申塔など11基の石塔」がある訳なのだが、草に埋もれてしまって、よくわかりません。「夜泣き石」というのもあるということだが、全く埋もれて見えませんでした。 この先で県道27号に合流するが、すぐに左の旧道へ入って行く。その入口近くの祠の中に●「一色前田の庚申塔」というのが、ここも草に埋もれて、上部だけかろうじて見えます。安永2年(1773)の造立。
 祠の回りにも石仏も数基埋もれています。 左手に「相鉄ローゼン」ストアがあるので、しばしの休憩。 この先、滝の坂トンネルの手前の●滝の坂信号右折して坂を上がります。 12:22

 ■滝の坂~新善光寺
 坂の途中で左折して●急な坂を下って行くと左手に●葉山唐木作の庚申塔があります。左の大きいのが「万延元年」(1860)。真ん中は笠付きで「文化7年」(1810)など。 葉山町指定文化財。 まもなく●県道27号に合流します。 左手中腹に「新善光寺」。元は鎌倉の名越にあり、応仁の乱後移転して来たようです。ここは一応パスしました。 12:35

 ■新善光寺~栗坪
 ●「湘南国際村入口」交差点の先を、左に曲がるのが旧道です。 車もほとんど通らない●山裾の細道で、古東海道の古道かと思います。左手の崖の中腹に、●栗坪の六地像が鎮座。真ん中の地蔵は座像で珍しい。六地蔵の下に「栗坪の庚申塔」と呼ばれる石仏が何体か見えるが、ほとんど草に埋もれてしまっている。 12:50

 ■栗坪~高祖坂
 県道に合流して、その先、●大沢橋交差点を通過。●横浜横須賀道路高架橋が見えるが、手前で左の旧道へ曲がり、半円を描いて、又県道に合流します。途中、高架橋の下に●道標を兼ねた木古庭馬頭観音外がある。観音像や道標、案内板などが摩滅して読めないが、浦賀道と金沢道の交点にあったものが、高速道路の建設により移設をよぎなくされたという。 13:25

 ■高祖坂~御国幼稚園
 高架橋のすぐ先を右に入って、「高祖坂」と呼ばれる坂を上がって行くと、●高祖坂の庚申塔という石塔が3基あります。真ん中のが三猿の上に文字が刻まれた文字庚申塔で元禄7年(1694)の造立。 古東海道と思われる山裾の古道を進むと、竹林に出会ったりします。横須賀市と葉山町の境が旧道で、左手に●やぶ地蔵があります。境地蔵とも呼ばれます。この先突き当たりを左に曲がり、●御国幼稚園の前を右に曲がります。 少々ややこしい。 13:45

 ■御国幼稚園~三浦高前
 県道27号の上を通り、「市営住宅」の前を右へ下って行き、更に「池上小学校グランド」先から坂道を上って行きます。上がったら下がるわけで、竹塀の続くあたりから●「伝馬場坂」と称する坂を下ります。 坂の途中に馬の継ぎ立場があったので。この名前が付いたという。 平作大橋を渡ると、●金谷交差点で、「横須賀線ガード」をくぐり、「衣笠通り」へ合流。 合流後、●「ローソン」跡地先から左斜めに入るのが旧道です。 14:17 

 ■三浦高前~宝塔十字路
 ●山裾の裏道を進むと、右手に●舞台坂の五輪塔という、崩れかけた3基の五輪塔がある。花を手向けられていて、由緒を感じるが何も説明板がない。古戦場で戦死した人の墓碑か供養塔と云われる。(よこすかシティガイド協会資料から)  県道26号と交わる交差点、手前に●石塔が2基立っています。浦賀道と金沢道の分岐に立っていて、道標を兼ねているらしい。左側の大きな方は「日蓮大菩薩発願霊場」と彫られ、右側はいわゆる「髭題目碑」です。尚ここの十字路は石塔にちなんで、「宝塔十字路」と呼ばれているらしい。
 14:30

 ■宝塔十字路~諏訪神社
 その先、、民家の庭先に●「公卿町の庚申塔群」というのが並んでいる。民家の中なので、近寄れないが、一番左の庚申塔は寛永16年(1639)のもので横須賀市内最古だそうです。 その先の変形十字路を斜め左へ曲がり、正面に小山が見えてきて、「妙真寺」が鎮座しています。旧道は参道の脇の細道に入り、この先はジグザグに曲がって進みます。 市営岩瀬アパートの前に●15基の庚申塔が集められています。天明8年(1788)から、なんと昭和までの塔が並んでいる。 その先はしばらく旧跡らしきものはないので、坦々と大津町の住宅を進み、「大津公園」の脇を進む。 「大津中学」、「大津高校」のあたりには、天保14年、川越藩により「大津陣屋」が造られ、沿岸警備に従事していたという。 「京急久里浜線」のガードを越えた正面は●諏訪神社。天長元年(824年)創立と伝わります。 15:20

 ■諏訪神社~東浦賀道との合流点
 「京急大津駅」を越ると、東浦賀道との合流点に来ます。 ●保土ケ谷方向。●合流点。●浦賀方向。浦賀まではあと4km程。時間が半端なので、ここで終わることにします。 15:32終了

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