山陽(中国)街道を歩く 10
                  (三石駅〜上道駅まで
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 三石駅−兄坂−四軒屋−備前片上−西片上−伊部−香澄−長船−一日市−楢原−沼−上道駅       28.9km        
 

■三石駅〜三石神社
2012年3月18日
 相生ステーションホテル朝8時に出て、再び●三石駅到着。早速街道歩き再開する。あいかわらず雨模様だけど、そんなには降っていなくて傘だけですみそうな感じ。
 駅から階段を降りてくると、真正面に●「三石一里塚跡」がある。播州国境より2.3kmに位置し、北側の塚の榎木は大正元年まで存在していたという。   8:18

  一里塚跡から●三石の町並は、真っ直ぐ南西に延びている。道の両脇には往時の側溝が残っているというので、見てみると、側溝に石垣が組んであるのがわかる。
 今では、耐火レンガの生産地たしく、レンガ工場があり、蝋石の工場もある。左手に赤レンガの煙突が見え、山の工場らしい風情を感じる工場脇の●レンガ造りの建物は特に印象の残った。
   8:25

 ■三石神社〜国道2号
 
三石郵便局の向かい、街道右手に●三石明神社がある。孕石(はらみいし)神社ともいわれている。神功皇后がご懐妊の御身で、当地に立寄った際、境内の大きな岩の上で休息して以来、境内の岩や石は皆白い小石を孕んでいるようになったと伝えられる。境内には芭蕉の高弟・志太野坡の句碑がある。
 街道に戻って、左手に●本陣だったかどや旅館がある。本陣としては総畳数130畳の規模だったといわれる。現在は旅館としては営業していないらしい。脇本陣もあったが、現在はレンガ工場の敷地になっているという        8:30

 12 三石宿
 山陽道が播磨国と備前国とを直結する唯一の往来であったことにより、三石は古くから交通の要衝であった。参勤交代はもとより、庶民の旅行に際しても、宿泊、休憩所として繁栄していた。本陣、脇本陣などを完備し、家数137軒、内120軒が宿泊可能であったとされる。

 右手に三石城登り口がある。三石城は、北方の城山山頂に築かれ、石垣などの遺構が残っている。
 金剛川に架かる大橋を渡る。右手に●光明寺がある。明治天皇の西国行幸の際、宿泊所となり、「明治天皇三石行在所」碑がある。また境内に安永7年(1778)の宝筐印塔がある。
 レンガ造のJRのトンネルをくぐると、左にカーブして、しだいに上がり坂になっていて、400m程で●国道2号に合流する。   8:45

■国道2号〜兄坂
 少し先、左手に●清水地蔵がある。東からは船坂峠を越え、西からは兄弟坂を越えて来た旅人が湧き出る清水に喉を潤したという。地蔵の下が網戸が付いた石室になっており、清水が今でも湧いているらしいが、雨でぐちゃぐちゃで近づけなかった。
 さらに上がって行くと、右手に「土橋鉱山」という、ろう石を生産する工場があり、このあたりが大西峠で、「弟坂」と呼ばれる。
 少し下って上ると、すぐ下り坂がずっと長く続いている。これが●兄坂と呼ばれる。備前側から来るとずっと上がり坂になるわけだ。この峠の付近は昔はかなりの難所であったと言われている。       9:00

■兄坂〜四軒屋
 
兄坂を下り、山陽自動車道、備前1Cを過ぎた所で、右の旧道に入り、●八木山集落に入って行く。
 八木山集落は、静かな落ち着いた家並みが続く。昔は家数38軒の内34軒が宿泊可能であり、茶店などもあり、山道を下ってきた旅人には喜ばれただろう。
 右手に地蔵尊が二基あり、一基は古い
 国道に合流して、高速道を越えたすぐ先、左手に小公園のような空間があり、「明治天皇八木山御小休所阯」の碑と御幸碑、●「旧山陽道八木山一里塚跡」の碑がある。往時の痕跡は全く残っていない。     9:35

■四軒屋〜伊里中
 
二軒屋から四軒屋まで国道を進み、「四軒屋」の信号の先から右に入って行く。往還橋で持出川を渡る。
 しばらく山裾の田園風景の中を進み、●木谷の集落を通過した。道をどんどんと進んで、広下集落を行く。
 伊里川を渡った所で、北へ向う閑谷道との分岐点にさしかかった。ここに、明治10年の道標がある。「閑谷神社」「従是丗壱丁十四間」と彫られている。閑谷学校は、江戸時代岡山藩主池田光政によってつくられた庶民の為の学校で、地図で確認したら、特別史跡となって、道標から4km位北方へ行った所にある。
 南西にさらに進み、「伊里中」の集落へと入った。●二股に分かれている所では右に行く。坂を少し上がると「浄光寺」がある。
建物にも旧家風のものが見え、昔の面影が残っていた。      10:22

■伊里中〜大池
 
伊里中の家並を過ぎて、更に坂道を上がって行くと、左手に「西池」を見ながら、一本松集落へ入る。
 左手、備前焼桂花園の立派な塀の下に●「藤之棚茶屋跡」と書かれた白い標柱がある。江戸時代、備前藩主の休憩所があり、湯屋も作られたという。
 国道に合流して、少し行くと左手に●片上一里塚跡がある。敷地が国道に埋れてしまい、面影がない。片上公民館が建てた標識が立っているだけ。位置もここより東50m付近にあったそうである。    10:45

■大池〜備前片上
 しばらく国道を行くと、左手に「大池」がある。「備前コンクリート」の所で、国道から右斜め前に曲って行く。その先、新幹線の高架下をくぐって、●大東集落に入る。右手に地蔵堂がある。さらに進んで、立石集落を抜ける。「立石川を渡ると、右手に日蓮宗の題目石がある。この付近は道幅が2.3mで旧街道の趣を留めている。左手に曲っていくと、国道の手前、右手に●「天神宮」がある。ここの狛犬は備前焼できている。安政2年の燈籠などがある。国道へ出て、横断して行く。11:35

■備前片上〜西片上
 
すぐにJR赤穂線塩谷踏切を渡り、右に曲がり、道を下って行く。JR線は右手土手上に通っている。
 右手に●法鏡寺がある。門前に直木賞作家の「藤原審爾住居跡」と書かれた案内板があり、「藤原家は大庄屋であった 秋津温泉は出世作となり「罪な女」で直木賞を受けられ、晩年はこの地で暮らすつもりであった。」と書かれている。
その先、左手に見える「備前市役所」あたりから、平坦になってきて●旧片上宿であった町並が続いている。左手奥に「品川リフラクトリース」の大きな工場がある。旧社名が品川白煉瓦といって、ここも三石同様、耐火レンガ、セラミック関係の工業が盛んと見える。  11:40

 片上中心部
 右手に●「宇佐八幡宮」がある。その前に「旧山陽道片上宿(方上津)」と書かれた標柱が立っている。
 八幡宮の大きな狛犬は備前焼でできていて、文政9年の備前焼窯元の寄進によるもの。
 その先右手に続く道は「津山街道」。左手には「刀工備州祐高造之宅跡」と書かれた標柱がある。
 片上湾に注ぐ、流川に架かる宝永橋の手前、右手に●「往還名主跡(木屋岡島氏)」と書かれた標柱がある。「往来の行き交うものに対して厳重な調査取締りの権限を有していた。」と書かれている。   12:00

 橋を渡ると、片上商店街のアーケードに入るが、残念ながら商店街といえるほど、商店が開いていなかった。屋根が落ちそうな感じ。
 アーケードを抜けると、●右手に「アルファビゼン」がある交差点に出る。ここも営業停止になっていた。
 アルファビゼンのビルの前に「片上脇本陣跡」がある。脇本陣は京屋中村氏だった。
 ビルを過ぎて、左折して行くと、右手に●「片上駅本陣小國氏邸趾」と刻まれた石碑と案内板がある。中世には土豪であった小國氏は江戸時代になると、片上本陣を勤め、明治を迎えている。遺構はすでに残っていない。   12:15

 13 片上宿
 現在のJR西片上駅南部が宿場があったが、元々片上は「方上津」と呼ばれ、天然の良港で、港町として瀬戸内海の海上交通の要衝であった。山陽道が三石から南路片上を経由するようになってから宿場として発展し、特に江戸時代、三石宿と西の藤井宿との間に位置する宿駅として、本陣、脇本陣を備え、活況を呈した。備前藩の藏屋敷が置かれ、問屋や商屋も立並び大いに繁盛した。

 ■片上中心部〜葛坂峠
 アルファビゼンの裏から西へ細い坂道を上って行く。
・二股に分かれるが、左の道を行く。途中右手、国道の向うに「真光寺」があり、●国指定重要文化財の三重塔がある。寄ってみたいと思えど、坂を下りて、また上がったりして、いささか遠いかと思い、望遠レンズで記録だけはしておいた。
 坂道右手に「お夏墓地」がある。お夏は茶屋の娘で、天性の美貌と知れ渡った評判の店は随分はやった」といわれる。
 茶屋跡が、その先の●葛坂峠の場所にある。案内板が立っていて、井戸が残っている。   12:35

■葛坂峠〜伊部
 峠を過ぎて下って行くと目の前に●伊部の町が見えてくる。伊部は備前焼の町で、焼窯の煙突も目に入る。
 国道を斜めに横切って行き、国道の北側の土手下を国道に沿って行くが、これは旧道ではなく、旧道は現在の国道の下に消えている。「伊部東」交差点の「マルナカストア」の裏から左折して●伊部の町へ入って行く。
 きれいに整備された道の両側に、備前焼の店や工房やレンガ造りの煙突が並んでいる。さすがに店を見物して歩く人が多く、活気がある。   12:50

 ■伊部中心部
 右手に●天津神社がある。ここの狛犬も備前焼。本殿の蟇股、虹梁、木鼻の造形がすばらしいとあるが、改装中でシートがかけられていた。備前焼瓦で葺いた門、陶板をはめ込んだ塀、参道など備前焼のオンパレード。
 右手奥に入った所に●天保窯跡が保存されている。江戸後期まで、大きな窯で大量生産していた備前焼も、藩の保護の減少や燃料の関係で、規模を縮小した三基の小窯が造られ、小型の品が生産された。天保窯は、そのうちの一つで、天保3年(1832)ごろに築窯され、全長17m、8つの連房式登り窯。町の南部には1回の焼成に薪1万5千〜6千貫を焚き、34〜5日かけて焼き、全長54mの伊部南大窯跡が史跡として残っている。  13:10

 ■伊部中心部〜大池
 
 ●伊部橋で不老川を渡る。橋向うに茅葺の建物が建っており、「古民家ギャラリー陽山居」という。
 新幹線の高架をくぐると、●大ケ池の北側を通過して行く。大ケ池のほとりを時々、山陽新幹線があっという間に通り過ぎて行く。ここまで来ると備前焼の店もほとんど無くなってきた。池を過ぎて、北側の用水溝のほとりに「臥龍松之道」の道標が立っているが、枯れているというので寄らずにすませた。    13:30

 ■大池〜香登
 
●香登(かがと)本地区に入る。。香登は、間(あい)の宿で、西の吉井川の増水による川止めにあったとき、旅人にとって、重要な意味をもったという。
 その先右手に大内神社がある。本殿は元禄16年の建築で檜皮葺、三間社、流れ造りで市の指定文化財。
 境内の西側に石垣が整然と積まれた塚が●香登一里塚の北塚である。市内で唯一の遺構となっている。 13:56

 ■香登中心部
 
香登の集落には古い家並が認められ、街道情緒が残っている。弓場川を渡った先、右手の商屋造の醤油屋さんは●鷹取醤油という明治38年創業の造り醤油屋さん。うだつを備えて情緒がある。
 その前には、●地蔵堂がある。一角に立つ観音像は東を向いて立っている。その先、左手に木造の香登教会があり、その先、左右に商屋造の家が続いている。     14:05

■香登中心部〜長船〜備前大橋
 
右手に●石長姫神社がある。鳥居の前の大きな嘉永2年(1849)の常夜燈は自然石で造られが面白い形をしている。神社の前には茅葺の家古ぼけた家があった。
 右に左に緩やかに曲がって行き、大用水を越すと、急激に南西へ曲り、新幹線の高架下をくぐり、国道2号に合流する。 国道を歩いて行くと、「吉井川」の堤防上を歩くことになる。堤防の東側は「刀剣の里」、長船(おさふね)の町になる。興味がある町であるが、山陽道は土手の上を通っていて、時間もないので、寄らずにそのまま土手上を行くことにした。
 備前大橋手前300m位の土手上から、河川敷に下りる小道があって、そこに常夜燈の土台だけが残っている。「右 久だ里みち 左 西大寺みち」と刻まれている。●備前大橋を渡る。吉井川は渡船によっていた。手前に残る古い土台は昭和4年に架けられた「蘆田橋」の跡という。渡って、すぐ左折。堤防上の国道を行くのだが、ここが歩道もなく、危ないので、土手の下を迂回して「一日市信号」の所まで進んだ。山陽道はここを右折するが、左手の土手下に「一日市一里塚」の石碑が立っている。
   14:46

 ■備前大橋〜一日市
 一日市信号で堤防上の国道を離れ、国道に沿いつつ、細い道を斜めに下りて行く。
 すぐ先両側に●文政4年(1821)に建立された常夜燈がある。一日市は正式の宿ではないが、本陣や旅籠があって、吉井川の川止めの際にはかなりの賑わいを見せたという。
 一日市の集落をすぎると、西祖の集落へ入ります。
 「御休小学校」の西隣には●福岡神社への鳥居があり、参道が延びている。社殿は少し奥で、おまけに山の上らしいので、ここは眺めるだけで通過。    15:46

■一日市〜楢原
 
相変わらず倉安川を右に見ながら並行してしばらく行くと、やがて国道250号線にぶつかり、横断する。その後、300mばかり歩いた所で尺堂橋を渡り、今度は●川を左に見ながら並行して楢原の集落を行く。
 途中左手に●すごい風景を見た。国道の両側の山が、国道を通すため、山肌の半分が削られており、低い山だけど、いくらなんでも、ここまで削らなくてもいいのではと思った。あんまり見たくない光景ではある。   16:05

■楢原〜沼
 
倉安川と街道が別れる直前に●和田八幡宮への参道が続いている。道標と柱と燈籠が一対ずつ並んでいる。燈籠は天保3年のもの。社殿は国道を越えて、おまけに石段を登っていかないといけないので、ここも通過
 秋芳川を渡り、県道を横断し、沼川、砂川と渡って行、正面の丸山の麓を左から右に曲がりこむようにして進む。
 左手に上道公園がある。上道中学校の脇を通り、赤坂の集落を抜けて、「赤坂バス停」付近で、国道2号と接するようにして、すぐ左斜めに離れて行く。●沼バス停付近で信号はないが、国道を横断して右斜め前方に入って行く。 16:50

■沼〜上道駅
 細い路地に入ると、「青津池」に突き当たるので、そこを右折。その後、山陽本線の踏切を渡ってすぐ左折する。
●中尾集落の坂を上がって行き、道なりにしばらく進み、今度は山陽新幹線の高架をくぐる。
 そうこうしているうちに、左手の新幹線高架下に●上道駅が見えてきた。こちら側は裏口らしい。時間も適当なので今日はここで終りとする。岡山駅へ行き、「ユニバーサルホテル」に泊った。  17:16

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