日光東街道歩き旅 2
                           
(野田市から工業団地まで)
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 中根交差点-野田市役所-野田ゴルフ場-蕃昌-中里-木間ヶ瀬-宝珠花-親野井-工業団地入口  16.4km
 

2013年11月17日 ※ 写真をクリックすると拡大します
■中根交差点~野田市役所
 日光東街道の2回目。東武野田線野田市駅から前回終了地点の●中根交差点に向うことにする。野田市はキッコーマンの城下町と呼ばれるような町なので、駅の周辺にはキッコーマンの本社や工場があったり、創業者の茂木家一族の屋敷もが散在している。
 交差点から野田市役所の方へ向うと、右側にはイオンの森の遊園地が見えてきて大観覧車があった。続いて●中央の杜が広がってきて、庄内牧の痕跡を示しているのだろうと思う。
 野田市役所の前あたりには低いながら掘と土手が続いていて●野馬土手の痕跡と云われている。案内板によると野田市は江戸時代庄内牧と呼ばれる野馬の放牧地で、野馬が田畑に入らないように土手と堀が造られた。 掘と土手を合わせて高さ2.75mということだった。 9:58

 ■野田市役所~野田ゴルフ場
 野田市役所を過ぎると段々●国道16号線が近づいてくるようになる。旧道は左へ曲がり、曲った突き当りの公園のような所に●馬頭観音があった。左側の石碑は真新しいもので、右側の方は古くて年号など読むのが難しい。
 ●千葉カントリーゴルフ場脇の交差点で国道を横断した。このあたりの調査書付属の地図を見ると、ゴルフ場をかすめて急角度で右折しており、湿地帯を避けたような感じがする。   10:24

 
 ■野田ゴルフ場~蕃昌
 国道を渡ってゴルフ場脇を通過する。手前右手は小さな池があって神社があった。左手に馬頭観音があるらしいので辺りを探したが見当らなかった。なんかゴルフ場正面を入った所に移設されているそうである。
 ●左に直角に折れて真っ直ぐ進む。右手はゴルフ場の樹木が続いている。間もなく●国道を斜めに横切って県道17号、流山街道にに入る。 合流して●流山街道を進む。ゴルフ場を左折してから吉春あたりまで真っ直ぐな道が続いている。    10:50

 ■蕃昌~中里
 川間駅入り口の向かいに●西岸寺がある。呑龍上人が再興の祖で門前に●「呑龍上人雷除名号」碑や多くの庚申塔が建っている。このあたりから中里宿が始っていたと云われる。旧宿場の面影は全く見当らない。本陣は染谷家が勤めた。
 ●国道16号の高架をくぐる。左手に満蔵寺がある。境内には●多くの庚申塔が建っており、そのうちの一つに「総州庄内領中里宿」と刻まれているものがある。   11:48

 
 ■中里~川間ゴルフ場
 満蔵寺から●須賀神社参道前を抜けて行く。鳥居は野田市で2番目に古いそうだが。 この先の旧道はリクシル野田工場に遮られているので、工場先を左折して行く。すぐ右に曲って行く道が旧道である。突き当りは●左右に分岐しており。分岐の間の塚の上に●高さ2m程の庚申塔と青面金剛像が建っていた道標を兼ねており、庚申塔の台座に「北・・・・・・・「南・・・・・・・」と刻んである。文字hは薄くてよく読めない。庚申塔の方は明和4年のもので、右側面に「右ハせきやとミち」と刻んである。 
    12:00

 ■川間ゴルフ場~木間ヶ瀬南
 街道は庚申塔の右手を進むのだが、川間ゴルフ場先まで消滅している。その為県道を進むしかしょうがない。ここで少し寄道をしてみた。県道に「権現参道入口」というバス停があり、敷島製パン工場の脇道を少し入った所になかなか堂々とした権現神社がある。境内に●富士塚もあった。
 県道に戻り先に進む。木間ヶ瀬南交差点右側の墓地入口の両側に●庚申塔、子待塔、十九夜塔●「不許葷酒入堂」の石柱、古い石仏群などが並ぶ墓地というか空地がある。●禅宗の浄善寺跡らしい。茅葺の観音堂があるというはずだったが、無くなっていて、代わりに大師堂があった。   13:05

 
 ■木間ヶ瀬南~日枝神社
 先に進むと左手に●関宿名物「せいべいや 喜八堂」 。その先左に曲る突き当りに●須賀神社がある。
 東宝珠花(ひがしほうしゅばな)、平井と過ぎて、いちいのホール交差点右手に野田市との合併前の関宿町役場である。関宿町は関宿城の城下町だったが、野田市と合併して、野田市関宿町と呼ばれる。●日枝神社の前で道は二手に分れて右が県道、旧道は左手に入り江戸川堤防に突き当たっている。  13:40

 
★日枝神社
 左手に●日枝神社がある。ここは坂田三吉と争った名人関根金次郎ゆかりの神社と云われている。境内の狛犬の台座には「奉 将棋一三世 関根名人」と刻まれている。
 神社向かいの墓地には●関根名人将棋の駒の形をした記念碑がある。左手の花が手向けてあるのが名人のお墓である。 名人は関宿町東宝珠花に明治元年に出生。江戸時代以来世襲制だった名人位を実力名人制に変えた近代将棋の父であると云われる。 墓地の入口に●寛政の庚申塔や馬頭観世音が並んでいる。   13:50

■日枝神社~八坂神社
 二股の所から左手に入り、●江戸川の土手に上がった。旧道はこの先川の中に入り、宝珠花橋をかすって、親野井のあたりで復活している。ぞの宝球花橋が前方に見える。土手を行こうと思ったが河原が工事中であり、新道の●県道の方を歩いた。
 スーパーや商店街はこの新道沿いにならんでいる。マルヤの先に原っぱの中にぽつんと●八坂神社がある。江戸川改修に伴い移転したという。境内右側には浅間大社の富士塚のような大きな塚があった。  14:25

 ■八坂神社~諏訪橋先
 ●親野井の先で旧道が復活している。二川小学校の先に●松の若木が街道松の様に植っている。関宿ライオンズクラブの設置した案内板が立っていて、江戸時代の松並木を偲ばせる為に植えられたということであった。
 更に先に進み、諏訪橋を過ぎると●「見晴屋」という商店があって、隣に細い道が左手に分岐している。街道はここから真っ直ぐ県道を行く広い道と、この細い道との二つに分れる。この細い方の道は関宿城大手門に通じた道でこちらの方が古そうである。調査書の地図によるとこの先の関宿橋付近で叉江戸川でぶつかって消滅しているのだが、こちらの方を先に行ってみることにした。
   15:15

 ■諏訪橋先~工業団地入口
 「見晴屋」の先を左に入ると農家の家先をかすめるような細い道だったが、すぐに広い道になり、●水田の間を進んだ。江戸川まで行こうと思ったが、帰りのバスの時間の関係で、ここで止めることとして、県道の●工業団地入口交差点に出て、朝日バスにて川間駅まで戻った。   15:25

     1南柏~野田市駅    3 工業団地~境車庫