奥 州 街 道










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  4 喜連川宿から佐久山宿へ    歩行地図
 連城橋-本町-仲町-台町-田町-下河戸-引田-佐久山前坂-佐久山   11.2km

4 喜連川宿
 古くは「狐川」という名で呼ばれていたこの地は鎌倉時代から塩谷家が領有していた。しかし天正18年秀吉の東征の際、秀吉の怒りを恐れた17代惟久が出奔したため、以後は足利氏の流れを汲む古河公方家が後を継ぎ、同時に「狐川を「喜連川」と改めた。喜連川藩は足利氏の流れを汲む古河公方の格式を持ち、徳川幕府も参勤交代を免除するなど普通の大名とは別格の扱をしたといわれる。現在では宿場の雰囲気は感じられないが、喜連川温泉で町おこしを行っている。本陣1、脇本陣1、旅籠29
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2010年5月4日 氏家宿からの続き
■連城橋~龍光院
 ●連城橋を渡ると喜連川宿に入る。足利氏の同族新田氏の末裔と称した徳川家康も喜連川藩を重視、参勤交代免除という優遇措置をとったりしたので、米沢の上杉侯は、謙信以来の旧主の末裔とあって、ここを通る時は必ず笠をとって通過したとか、連城橋の下で藩主が釣りをしていたので、伊達家の行列が橋を通れず困った話とかが伝わっている。●上町の交差点あたりが中心地だったと思われる  11:00

■龍光寺~喜連川神社
 上町交差点の先を右折すると●龍光寺がある。 足利尊氏の開基と伝えられる寺で、創建年代は不詳だが、尊氏とその弟直義が全国に設置した安国寺うち下野国における安国寺に指定されたという。その後喜連川足利家の帰依を受け菩提寺となる。入って左手に足利家●14代藩主の墓所がある。  11:05

■喜連川神社~御用堀
 街道に戻り進んで行くと、右手●「時計店」と「金物店」が一緒になっている古い建物が旧旅籠山田屋徳平跡。 そのすぐ向かいに喜連川神社の鳥居があり、石段を上がって行く。●社殿はこじんまりとしているが古色蒼然とした神社であった。永禄6年(1563)15代領主塩谷惟朝が尾張国津島の牛頭天王宮の分霊を勧請して創建したという

■御用堀~喜連川役場
 喜連川神社を下りて右折して行った、武家屋敷跡にある●御用堀には鯉が泳いでいる。荒川から水を引いた「横町堀」といい、農耕、日常生活用水、防火用などに使われた。
 案内板に従いぐるっと回って行くと●寒竹囲(かんちくがこい)という竹を使用した生垣に出会う。喜連川氏六代の茂氏が板塀では製作保繕が大変なので藩士の家に笹の生垣を奨励したという。この先を進むと旧道の「上町交差点」の手前に戻って来ることになった。  11:28

■喜連川役場~仲町
 街道に戻って又進む。左手奥には再現された●喜連川城大手門が見える。門の奥は喜連川役場がある。
 その先右手の●「街の駅本陣」という食堂が本陣上野太郎平家の跡。建物は大正15年建築の喜連川警察署の建物で大正時代の建物として貴重。しかし休日なのに定休日だった。

■仲町~台町
 右手に●紙屋という和菓子屋さんがある。大正天皇即位献納「樺山錦」という落雁を造っている。明治以降にまんじゅう屋を創業したというから結構古い。 この先右手に●呉服屋の笹屋がある。蔵のある古そうな店で250年以上前から呉服を含むヨロズ屋を営んでおり、昔の屋号を「萬屋」といったらしい。  11:45

■台町~下河辺
 道は、台町の●追分の手前を直角に右折するが、ここにあった道標は前方の台町公民館の敷地内に移設されている。享保9年の建立で、「左在郷道 右奥州海道」と彫ってある。
 台町の追分を右折して、坂を下り、左折して金竜橋を渡る。下を流れる川は●内川。向う側には段丘が続いている。  11:57

■下河辺~佐久山前坂
 内川を渡り、田町に入ると徐々に上り坂になってくる。右手に新しい双体道祖神が草に埋もれているが金色の菊の紋章を戴いたえらく立派な物。右手に●フィオーレ喜連川の看板が見える所を通過。右手には温泉付き分譲住宅が広がっているはず。 坂を上がって行くけど、どこが「つるが坂」なのか案内もないのでわからなかった。 この先は特に寄る所もなく、ひたすら先に進むだけ。右手に町立ほほえみ保育園、左手に立派な長屋門の家などがあり、●下河戸の交差点を右折する。金竜橋からここまで4.5km程度  12:52

 交差点を右折して行くと、右手に●明治天皇御小休御膳水碑と双体道祖神が立っている。相当に大きい道祖神であまり見たことがない。
 ここからも特に旧跡らしきものは何もなく、淡々と行程をこなしていく。あたりは普通の田園風景だった。
 そのうち右手に「源氏ホタルの里」と書かれた標識が立てられていた。このあたりホタルで有名らしい。 右手にある「きつれ川幼稚園の先、「老人ホーム」の手前の公園に、●「明治天皇御休輦之處」碑が建っている

 ■佐久山前坂~佐久山
 
やがてさくら市と大田原市の境を越える。この付近の民家の庭に一里塚が残されているといわれているが、よくわからず通過した。右手に金網で守られた庚申塔が3基あったが、近づけないのでよくわからないけれども、大事な物なのだろう
●佐久山前坂の交差点を曲らず真っ直ぐ下りて行くのが旧道で、坂を下りて左折すると●佐久山宿に入っていく。  14:05

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