5 佐久山宿から大田原宿へ    歩行地図
 佐久山-銀座-新橋-芝・浜松町-高輪-品川  7.1km
5 佐久山宿
 那須氏の発祥の地であり、文治3年(1187)那須泰隆(那須与一の兄)が、佐久山南部に佐久山城を築き、城下に家臣たちを配置したのが佐久山の始まりといわれている。江戸時代は同族の旗本福原氏5000石の領地であり明治まで続いた。
 本陣1 脇本陣1 旅籠27

2010年5月4日喜連川宿からの続き
■佐久山~消防センタ-
前坂交差点を越えると、下り坂となり、いよいよ、奥州街道21番目の宿場、佐久山宿に入る。 枡形を左折すると●佐久山宿入口で、「前坂の信号」を左折する新道と合流する。
 ●佐久山宿の町並
 宿内に県道が走り、往時の面影は余ない。薬屋が多いと聞いていたが、そう多いとは感じなかった。日曜日で休業していたのかも知れない。 14:15

 新道と合流したすぐ左手の●古い門構えの家があるが、門前に「運用膏」と書かれた、古い看板が掛っている。戊辰戦争の時に傷薬が良く効くと評判になったからだそうだ。現在は薬屋さんとは思えない。
 その先右に●消防センターの車庫が建ち、前に新しい「旧奥州街道佐久山宿下町」の道標が立っている。。

■消防センタ-局前
 道標の所を右折すると不動明王を祀った●大日堂がある。お堂の裏に樹齢800年、目通り幹回り7.5m樹高21mといわれる●大きなケヤキがあった。県指定の天然記念物で、根元から節くれだった姿は貫禄十分。  街道に戻り、左手ガソリンスタンドの所を左折して「佐久山城址」に向かおうと思った。が、16時26分までに大田原のバスに間に合わなくなると思い途中でやめにした。佐久山小学校の裏山がかっての城跡のようだった。
14:24

■局前~正浄寺
 左手郵便局の隣が●本陣井上勘左衛門跡だというが、現在は駐車場になっている。
 駐車場脇に建つ黒い石碑は●村上英俊翁誕生之地というもので、大田原市偉人顕彰事業の一つ。村上英俊は文化8年(1811年)佐久山生まれで、本陣を営んだ村上家の出身で幕末から明治期の仏学者として知られた人だそうで、明治18年にはフランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を授与されている。

 宿も終りになって●枡形のように右に曲がって坂を下りて行く。
左手に●正浄寺がある。ここの雅楽は、檀家有志が一子相伝の形で伝承してきたもので、貴重な郷土芸能として県指定無形民俗文化財になっているとか。
 左手に芭蕉句碑があるが、よく読めないが「花の陰 謡似たる 旅寝哉」と書かれているそうだ。  14:32

■正浄寺~親園
 ●箒川に架かる岩井橋を渡る。昔は橋の手前を左に曲って川に出たようだけど、今は真っ直ぐ行く。河原には鮎を取る観光用のヤナ場が見える。昔も鮎とか小魚の漁業があったとか。
 岩井橋を渡ると、街道は緩い上り坂であった。
途中左手に●多数の馬頭観音があった。相当風化して古い物のようだ。  14:40

■親園~湯殿神社
 吉沢の「イトヨ」の生息地というのをうっかりして見過してしまった
 ●親園(ちかぞの)小あたり
へ入る。かつての間宿「八木沢」だった所である。寛永年間に設置されたとされている。享和3年(1803年)に此の辺一帯は幕府の直轄領となり八木沢に陣屋が設けられた。
 右手に●「与一の里名木選 国井氏赤松」という松がある。赤茶けた木肌が素晴らしく、樹齢800年とか。  15:12

 湯殿神社」鳥居手前に●覆堂が建っていて、●「浦蘆(ほろ)碑」という石碑が納められている。案内板がはなはだ読みにくく、理解が難しいが、・・・八木沢に出張陣屋があり、享和3年(1803)から文政6年(1823)の間、代官山口鉄五郎高品の手代飯岡直蔵重武が常駐していた。代官は、吹上陣屋にあって、下野国那須郡58ヶ村、塩谷郡4ヶ村の18700石余を支配したが、その山口代官の善政を讃えて、建てたものである。表にその由来が、裏に飯岡直蔵作の「はてしなく浮世の人に見するかな 那須の野面のほろのいしぶみ」という歌が刻まれている。・・(今井金吾 今昔三街道独案内による) 浦蘆とは蜃気楼のことだそうだが、讃えることとどう関係あるのかよくわからない。  15:20

■湯殿神社~大田原神明町
 浦蘆碑の奥の鳥居が●湯殿神社で、参道が意外に長く鬱蒼とした森に囲まれている
 神社を出ると、道の向かいに立派な門構えの家の入口左手に自然石が置かれている。●「町初碑」まちはじめ)といわれ、八木沢が寛永4年(1627)奥州道中開通によって出来た町であることを示す記念碑といわれる。

 さてこの先は●真っ直ぐ北へ延々と延びる道となる。脇を百村川が並行して流れているので案外気持が良く、歩道の方が1段高いので安心して歩ける。ここは大田原まで松並木が3kmに渡って続いていたというが、戦争末期に全部伐採してしまったとか
 やがて街道は左にカーブし、●「神明町交差点」に出た。この交差点で右に折れて進むと大田原宿である。本日はここまでとし、末広2丁目バス停から市バスで那須塩原駅へ行き、帰宅した。市バスの運賃は200円で安かった。  16:15

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