日 光 街 道






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  日   光
 
 4 粕壁宿から杉戸宿へ     歩行地 図
     春日部-追分-小淵道標-観音院-堤根-杉戸宿 7.1km

 4 粕壁宿
元和2年(1816)日光街道の4番目の宿として定められた。寛永13年東照宮が完成し、将軍、大名の参詣で各宿場は賑わいをを増した。宿は米穀商、質屋、薬屋、など商屋、農家など159軒を配し、新町橋側より、横町、寺町、上宿、中宿、新宿、三枚橋、新々橋、下宿の8つの字に分かれていた。粕壁は江戸初期は葛飾郡 糟壁 その後埼玉郡 粕壁となり、元々春日部甲斐守実景という者にちなむので春日部の字が正しいとする。
本陣1、脇本陣1、旅籠45

2006.12.2 春日部駅着
■東4丁目~新町橋
●東八幡神社
   駅から宿の始まる東4丁目に向かう。その角にあるのが東八幡神社である。 宿の鎮守であり、下の八幡様として親しまれている。石清水八幡宮の分霊を勧進したものと伝えられる。●本殿の彫刻がすばらしい。この地域にしては境内も広い。

●宿入口
   江戸時代の宿は出入口はどこも右か左に折れ曲がるが、ここも定石通り左折して行く。
道はきれいに整備されているが、宿の趣は残っているとは言えない。旧商屋がわずかに残る。
●東陽寺
   角のすぐ右手にある、芭蕉が宿泊したと伝えられる寺で、門右に碑があり、境内に曽良の随行日記の一節「廿七日夜 ●カスカベニ泊ル 江戸ヨリ九里余」と刻まれた碑もある。寺は建て替えたらしく、新しいきれいな寺である

●粕壁道標
   老舗であった田村本店の前に道標がある。「西南は岩槻、北は日光、東は江戸」と書かれている。右は創業慶長年間の老舗●永嶋庄兵衛商店

■新町橋~小渕
●山田商店

   赤い郵便ポストのある店。享保(1716~)営業している店で現在の建物は幕末頃だそうだ。このあたりには高札場や河岸場もあったそうである。ここを左折するのが岩槻街道で日光街道は右折して●新町橋を渡る。下を流れるのが古利根川。古利根川はこの下流を蛇行しつつ中川へ流れ落ちる。橋へ行く前に山田商店の脇を通って、最勝院へ行く。山田商店は奥が土蔵になっているが、ビルの建築計画があるようでそのうちとり壊しになるのかしれない。

●最勝院
最勝院は新義真言宗智山派の寺で、この付近は寺町といって、妙楽院、成就院などが集まって往時の粕壁の趣を残している。墓の入り口の小山は春日部重行(鎌倉時代の領主)を葬ったものと言われる。
●成就院
左隣はりっぱな山門のある寺。山門の不動明王はガラス入り。付近を歩いてみたがなるほどお寺が多いが、新しそうな寺ばかりである。元に戻って新町橋を渡る。

■小渕~九品寺
渡るとすぐ左折するが。右手にあるのが、●小渕の一里塚跡
隣は摩滅してよく読めないが、庚申塔。
●小渕の道標
この先道は二股になり、ここが追分けで、角に道標がある、「左 日光道」と刻まれている。正面は青面金剛と刻む。右隣はよく読めない。この先で国道4号線と合流する。しばらく国道を歩く。歩道が広く歩きやすい。

 ●観音院
 しばらく行くと左手に寺が見えてくる。観音院という。県指定文化財の山門がある。元禄二年(1689)建立というが中の●仁王像も、山門も相当くたびれている。境内には芭蕉の句碑、●21夜碑などもある。なぜかクジャクも飼われている。

●地球儀の記念モニュメント
 やがて歩道が少し広くなった所に北緯36度線上であることを記念した地球儀の記念モニュメントがあった。この地点は北緯36度線上にあるということで、駐車場を完備して「すきすきすぎーと36」と名付けられている。早速GPSで確認すると
北緯36.00.03.5。東経139.45.08.5であった。この先旧道は●左手にカーブして行く。特に案内板がないので、このような道は事前に調査しておかないと見過ごすばかり。

■九品~杉戸
●九品寺の道標
左折するとすぐ九品寺があり、脇に道標と案内板がある。小渕の道標と同じ形の道標。寺の前の家が街道の立場跡。その先また国道と合流する。右手に●馬頭院という寺がある。境内に四国巡礼記念の●馬像が奉納されている。馬頭院だから馬なのか。 ここは明治の教育改革で新知学校というのが作られ長く仮校舎と使われたという説明版があった。この先国道から左へはいって行き、杉戸宿へ向かう。

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