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鎌倉街道上道を歩く 8 (群馬藤岡~高崎まで) |
歩行地図はこちら 地図 |
(群馬藤岡駅-土師神社)-道中郷-庚申山-鮎川-緑埜-稲荷山古墳-山名古墳群-山名八幡-一本松橋-佐野-若松町-高崎城址 18.34 km |
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■道中郷(街道再開)~県道13号 川から元来た道を戻って、●水路竣工記念碑のある十字路を北西に向かい、鎌倉街道上道の歩きを再開する。 坂を上ると正面に●美九里東小学校があり、ここで旧道は消滅してしまう。そこで学校沿いに進み、右に曲がると学校の正門で、門の中に鎌倉街道説明板が立っていた。 校門前で旧道に復帰し、左折して西に向う。笹川を渡り、●県道13号の先の細い道へ入っていく。 10:28 |
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■鮎川~緑埜 芳賀氏は鮎川は増水していないかぎり小石伝いに対岸に渡れるとあるので、●川縁に下りてみた。残念ながら増水といえる程度ではなかったが、ちょっと渡れるとは思えなかった。 そこで土手伝いに西へ行き、上流に架かる緑埜橋を渡ことにした。 渡って200m程先で右折して道なりに350m程進むと、先ほどの旧道が復活している。その合流地点の角に●千部供養塔がある。 天明3年(1783)の浅間山大爆発の模様と、各地の降灰量や凶作による諸物価の高騰などの被害状況を刻んだ供養塔で、当時の被害状況を記録する貴重な碑文である。大爆発から9年後の寛政4年(1792)当地の代官斎藤八十衛門雅朝により建てられた。 千部供養塔のある二股はここも右に曲がり、●田圃風景の広がる真っ直ぐな一本道を進む。 芳賀氏本では水路を越えた辺りから旧道は2本に別れ、直進して西へ進むと白石へ抜け、「吉良上野介陣屋跡」、三ツ木、鏑川を渡り山名八幡宮へ進んで行くコース。もう1本は北へ進み、上信越自動車道を越え、更に北へ向かうと稲荷山古墳などが並んでいる珍しい所を通り、鏑川を渡り山名八幡へと向かうコースである。どちらも面白そうなコースであるが、ここは北へ向かい古墳を見て回るコースの方を選んでみた。 12:15 |
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■城南緑地~若松町 上信電鉄の踏切を渡り、国道17号線の高架上を通ることになるが、国道へ下りるには右手の児童公園の方へ曲り、公園を回り込んで「城南交差点」へ出る。交差点から●総合運動場の右手に沿って進む。野球場が過ぎたあたりで●右手の坂を上がって行く。これから先は竜見町の住宅街をジグザグに進んで行くことになる。すると●広めの道へ出た。 15:50 |
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7 小前田駅~丹荘駅 |