3 松戸宿から小金宿へ  歩行地図
 松戸−竹の花−北松戸−馬橋−二ツ木−北小金 6.3km

■松戸宿
 松戸宿から江戸川を下って江戸深川あたりへ向かう川船の便があり、また河岸もあって賑わったので河岸場近所の平潟町には飯盛旅籠が集中していた。

本陣・脇本陣各1、旅籠28(大8・中7・小1


■御料松戸宿碑
松戸に入り土手づたいに行くと 天領松戸宿の入り口を示す「是より御料松戸宿碑」が建っている。ロータリークラブの寄贈によるもの。対岸の金町関所から渡し船で江戸川を渡った旅人は下横町に上がる。ここから松戸宿となります。このあたりは渡船場河岸(下河岸)とよばれ、銚子から利根川をさかのぼってきた鮮魚をあつかう魚市場で賑わった。

■将軍鹿狩りの話
徳川将軍が下総台地にあった官牧である、小金原で行う狩りを「御鹿狩り」という。吉宗から12代家慶まで4回行われた。鹿狩りの際は松戸の関所あたりに仮設の船橋が架けられた。嘉永2年の(1849)の船橋は大平船21艘、長さ73間(131m)幅3間(5.5m)が鎖と綱で固定された。将軍は武士団23000人余りと共に渡り小金原へと向かった。狩りには武蔵、上総などから獲物を追い込むための勢子として農民6万人余が動員されたという。いずれにしても将軍の鹿狩りに農民6万余動員とは農民にはとんでもなく迷惑なことでした。
特別展 関所−将軍御成と船橋(葛飾区郷土と天文の博物館)より転載 クリックすると拡大

■松戸神社
松戸宿跡は松戸駅西側に線に沿って存在している。本陣跡は松戸郵便局らしいが案内板などはない。郵便局をすぎて右手に松戸神社がある。ここは日本武尊が東征の際に従者と待ち合わせた地に建てられた祠がその発祥だという。待つ土(地)から松戸の名が出たという伝えもある。松戸宿鎮守.
 北上していくが、宿場らしい旧家は2軒くらい

■馬橋・万満寺
松戸駅先で跨線橋を越え、車用のしんはま跨線橋の下をくぐる。上本郷で6号線に合流し直進する。北松戸を過ぎ馬橋にはいる。馬橋立体交差を過ぎ駅方向へ曲がる。馬橋の地名の起こりになった馬橋という橋があるはずであったが、工事中かでシートがかぶさったりでよく確認できず。馬橋駅入り口から八ヶ崎交差点まで、旧道は駅に立ち寄りするように「く」の字に迂回する。その奥まったところに万満寺がある。立派な大門を通って、仁王門をくぐると左手に水掛不動三尊像がある。金剛力士像などが国指定重文。

 八ケ崎交差点で6号線に出て、少しで左手に蘇羽鷹神社(そばたか)がある。ここは以前から6号線を車で通る度気になっていた所なので入ってみる。結構りっぱな神社です。ここの向かい側を国道6号から斜めに入っていく道が旧街道です。武蔵野線ガードを潜り、道を下がり上がりしてまた、6号線に出て小金宿へ入る

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