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| 5 杉戸宿 元和2年(1616)人馬の継ぎ立てを命じられ宿ができる。本陣は長瀬家で建物は明治の大火で焼失し、門だけが残る。杉戸の名前は下高野に利根川の渡しがあり、杉の渡(すぎのと)ともいい、これが杉戸に変化したという。 本陣1 脇本陣2 旅籠46 |
![]() ![]() ■宿入口堤根で左へ入り杉戸宿へ入る。正式な宿は杉戸三丁目から、駅入り口交差点から。その途中にある商屋はお茶の「いとや」。清酒「杉戸宿」を造る、関口酒造 |
![]() ■近津神社創建は貞享元年(1684)以前といわれ、安政5年(1858)と関東大震災後の昭和4年にそれぞれ社殿が再建されている、平成13年5月にも不審火で焼失し現在は仮社殿。本殿工事中。 ■明治天皇御休所跡碑 中央三井信託銀行脇にある。明治9年奥州巡行のときのもの。5分間休憩しただけで記念碑が造られるとは・・・ |
![]() ■本陣跡本陣長瀬家跡、大火で焼失する前は建坪166.5坪の屋敷であったとのこと。 ■愛宕神社 駅寄りに入ったところにある神社。愛宕神社系は火除け、防火の神様で、特に特徴のある神社ではないが、地元では酉の市が開かれ、古くは六斉市が開かれていた所といわれる。 |
![]() ■土蔵のある家本陣の先杉戸1丁目で右方向へ曲がっていく。 左手に宝性院があり、その先にあるのが渡辺家の土蔵のある家。国道4号と又合流する。まっすぐな道がずっと続く。 ■心学の道 大島交差点を右折すると心学の道という碑が立っている。この先の稲荷神社と関係がある。 |
![]() ■恭倹舎200mくらいの左側に稲荷神社があり、隣接して県指定史跡の恭倹舎がある。ここは心学の大島有隣が心学を講じたところである。心学とは石田梅岩を始めとする学問で神道、仏教、儒教を総合し、商人の営利活動を積極的に認め、勤勉と倹約を奨励した教育のこと。この心学を修めた大島有隣らによってこの地にもたらされた。 |
■追分道は真っ直ぐ北上を続け突き当たる。そこが日光御成街道との合流地で左から御成街道が来る。石井酒造という蔵元があったらしいのだが、今はベルクというスーパーに変わっている。石井酒造はテナントで入っているということだ。日光街道は右折して行き、左に頼朝の鷹狩りに縁がある神宮寺を見、志手橋を渡り左方向へ行くと幸手宿となる。 |
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