9古河宿から野木宿へ 歩行地 図
 宿始-茶屋口-本陣跡-本成寺-野木神社  3km
9古河宿
 室町時代に関東圏で勢力を誇った古河公方の本拠地として栄え、江戸時代には老中も勤めた有力大名の土井氏が藩主であった古河藩の城下町、日光街道古河宿の宿場町として栄えた。古河市は茨城県に属するが、日光街道が通過しているので文化的、歴史的には埼玉、栃木に近いのではないかと思う。
本陣1、脇本陣1 旅籠31

2007.4.29栗橋宿からの続き
■古河市本町3丁目~本町2丁目
●古河の町並み

 歴史を感じる町並みで、和菓子屋、人形店、土蔵造りの家などが散在する落ち着いた感じ。歩道もレンガ敷できれいで歩きやすい。
●長谷寺
 古河市にはいるとあちこちに看板が立っている寺で奈良、鎌倉と共に日本三大長谷の一つと宣伝に努めている。古河城の鬼門を守る仏で、歴代古河城主が祈願を込めたところとされている。本尊は十一面観世音の木像で、拝観することができるようです。 11:30

●茶屋口
 道に戻り北に進む。左に入る横町は、茶屋口といい将軍の日光参詣の宿泊・休憩の折、古河藩主土井利勝が三代将軍家光の参詣の際もてなすための茶屋を置いたことに由来する。参勤交代や日光参詣で通行する格式の高い大名もここで迎え、相手も挨拶をしていくきまりでした。
●古河城
 古河歴史博物館には●古河城の模型がある。古河城の歴史は古く古河公方の居城から、江戸時代には、大老土井利勝が城主となるなど譜代大名が次々と城主になり、明治に廃城となる。渡良瀬川に沿って南北に長く作られていたようで、南北1800m、東西550mほどであった。しかし渡良瀬川の河川改修で、ほとんどすべての跡形がなくなっており、みるべき遺跡はなくなってしまった。古河城の別館であった「公方館跡」は古河総合公園になっている。

■本町2丁目~頼政神社
●肴町通り

 茶屋口から先の又左に入る横町で、米銀商店の片隅に、「御馳走番所跡」の案内板がが立っている。参勤交代や日光参詣で通行する大名が、古河城主に敬意を表すための挨拶役の使者を接待し、ご馳走をふるまう番所があったところで、現在では●板長商店のような土蔵造りの古い店が集まっていて、歴史を感じる横町です。 

●篆刻美術館
 街道から頼政神社へ行く途中には珍しい建物があり、三階建ての土蔵のような建物。大正9年建築の石倉を改造したもので篆刻美術館という。時間がなくて入らなかったが、篆刻というので書道、印鑑に関する美術館でしょう。
●永井路子旧宅
 古い土蔵造りの建物があったので寄ってみたら、なんと直木賞作家の永井路子さんの旧家だそうで、こんな所でお目にかかるとは思いませんでした。古河市観光案内によると・・・永井さんは東京生まれで、間もなく母親の郷里である古河へ移り、結婚するまでの約20年間を過ごしました。旧宅は江戸末期に建てられたもので、約93平方メートルの2階建土蔵造りの建物です。1950年代に永井家から別の所有者へ譲渡されたのですがその際、店蔵の南側部分にあった木造平屋建ての住宅約38平方メートル部分は取り壊されてしまいました。・・・

●頼政神社
 源三位頼政が祭られています。治承4年(1180年)宇治で平家との戦いに敗れ自刃した源頼政の首を従者がたずさえて逃れ、古河に葬ったものと言い伝えられています。もともと古河城南方にありましたが、渡良瀬川改修工事のため、城が削られたため現在地・旧古河城最北端の土塁の上に移された。神社にあがる階段は城の土塁跡といわれます。祭りが近々あるようであちこち幟がはためいていました。この神社は街道からはずれて数百mあり、いささか遠かった。 

本町2丁目~本町1丁目
●本陣跡
 また街道へ戻る。ジョイパティオの入口に赤い電話ボックスがあり、その陰に「本陣跡」の石碑が立っている。
 街道は本陣跡の先から左へ曲がる。曲がってすぐ右手に●脇本陣跡の太田屋旅館が今も営業しているといるので期待して曲がったらこれが見事にない。神宮寺の駐車場に化けている。調べてみると2005年に解体されたらしい。残念なことでした。13:00

■本町1丁目~野木
●日光街道古河宿道標

 常夜塔が上に乗っている大きな道標があり、正面に「左日光道」、右側面に「東筑波山」、左側面に「右江戸道」と刻まれている。もとは先ほど左折した交差点(曲の手)にあったという。傍らの案内には太田屋旅館営業中の記載があり、改訂してほしいね。
●よこまち柳通
 街道は又カギの手に右に曲がる。。かつて江戸時代に日光街道の北玄関口として作られ、宿場としての問屋場や旅籠、茶店等が軒を連ね、陸上交通の要所として賑わった所だそうで、今は歩きやすく整備された道が続き、車も速度を落として走らねばならないようになっている。。 

●本成寺
 街道は弓なりに北東にカーブして、曲の手をまがらないでくる道と一緒になる。すぐ左は栃木県の県境になっている。その合流点の左手にあるのが赤い門の本成寺。古河城主土井利益の生母(法清院殿)の墓がある。
●法清院墓
 古河藩主五代土井利益の生母。利益を生んで四年後の慶安5年(1652)にこの世を去る。利益は土井家中興の祖といわれ、頼政神社を創建した人物。
 道は栃木との県境を越え、野木宿へ入っていく。  13:15

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