14 小原宿~関野宿  歩行地 図
 小原本陣-与瀬宿-与瀬神社-横橋-椚戸-吉野宿-藤野駅-関野宿入口  7.6km
14小原宿
 小原と与瀬は片道継立の宿で、甲州へは小原から吉野へ継ぎ、江戸方面には与瀬から小原を通り越して小仏宿へ継ぐ。本陣1脇本陣1、旅籠7

 2007年5月20日。快晴 甲州街道5回目
朝8時10分相模湖駅到着。小原本陣まで戻る。本日は夕方までに鳥沢駅に行かないと帰れないので早足で巡らないといけない。
●小原本陣
 前回は閉門後で入れず外からの写真しかないが、今回も開門が9時30分からで、先を急ぐため、入場できずじまい。現在の本陣は、往時と変わりなく4層のカブト造りの入母屋風の建物で、定紋のついた敷居の高い玄関がある間口13間、奥行7間91坪の純日本風の豪華な建物です。・・・と。資料による

●ひかえ宿小松屋
 小原宿は本陣のほかにも旅籠風の建物も見られる。「細見」のひかえ宿小松屋と思われる?建物
●南無阿弥陀仏碑
 宿外れの右手の土手に建つ南無阿弥陀仏碑。頭が欠けている。字体が変わっている。その後国道から公園の方へ降りていく道が旧道で右回りして又国道に戻る。

●国道から右手に入る旧道
 国道に戻ったらすぐ右に入る坂道があり、案内看板が掛けてあるので、案内に従い坂を上がっていく。左側は「ひらの」という旅館がある。坂を上がると左側にJR中央線の線路が見えてくる。
●えんどう坂
 続いて降りていくと階段があり、えんどう坂という。階段だけど昔は坂だったのでしょう。坂を下ってゆくと正面に線路がきて、ちょうど電車が通過していた。写真を撮ろうとしたが取り損なった。そのまま行くと国道にぶつかり右折して相模湖駅前に行き当たる。

15与瀬宿
 JR相模湖駅付近が与瀬宿であった。相模湖駅も元々与瀬駅として開業している。鮎が評判の宿であったらしい。小原と合宿で江戸方向へのみ継ぐ。古い家はほとんど残っておらず、髙尾山、相模湖などの行楽の基地に変貌している。
本陣1、旅籠6 小原宿より19町、約2km

●与瀬本陣跡
 駅前を過ぎ、5.6分歩く。特に変わったことはなく普通の町並み。歩道が細い。そのうち右手に石垣のある家が現れ、与瀬本陣の木標が建っている。本陣跡だけど建物は普通の造り。「明治天皇與瀬御小休所址」碑も立っている。
●与瀬神社
 本陣の所を右に曲がって行くと突き当たりが与瀬神社。祭神は日本武尊。昔は相模川北岸に祀られ、天和2年(1682)に現在地へ遷座したという。隣は慈眼寺というお寺。別当寺でありましょう。鳥居から急な石段が続くが、参道を中央自動車道が横切ってしまったために作られた大きな橋があり、神社はその奥でそうそう手軽にお参りするわけにいかない。付け足すと帰りの階段がこれまた急角度で危険を感じる。お年寄りなどは無理と思います。

●与瀬神社拝殿
  明治37年に火事で焼失し、本殿は大正3年、拝殿は昭和24年に再建されたもの。昭和の建築としては結構味わいの感じる建物でありました。
●神楽殿
 二階建てで珍しい形の神楽殿で、一階は休憩室か物置に使われている。

 鳥居の前を進んで行くと中央高速の石垣にぶつかってしまい、驚くが脇をすり抜けると20号線に合流する。高速のガード下を円書くようにカーブしていく。ラーメン関所などという店がある。又高速くぐり右方向へ登って行きます。本来の街道はラーメン関所の上の方を通っているらしいがなくなっている。また国道とぶつかり高速をくぐる。ずーっと歩いていくと段々山道になっていく。

 ●石碑群
  山道を行き、小山設備という会社を過ぎると石碑群が現れ、右側に蚕影山と書かれた大きな石碑があります。蚕影山(こかげさん)は、その本社は、茨城県つくば市神部の蚕影神社であり、養蚕の神様として信仰されている。
●相模湖インター入口
 インターの架かる橋を渡る。左側に相模湖が見える。そのまま進むと次の吉野宿へ入っていく。尚吉野宿へは与瀬本陣から相模川を船渡しで来る二瀬越の近道、小田原方向から来る鼠坂(ねんざか)道と二つあったが相模湖完成と共に湖底となってしまった。

16吉野宿
 国道20号線沿いの宿になっていて、交通量がかなりある。明治29年に12月に大火があり本陣も含めほとんど焼失してしまった。いくらか古い家も残るが大火後の建物になる。長谷川伸の「関の弥太っぺ」の舞台になった。与瀬より 34町28間(約3.7km)
本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠3

●吉野宿の町並み
 国道を挟んだ宿で、バイクなどでかなりうるさい。宿としては江戸と甲府の中間点で、参勤交代の常宿として、又旅人の旅籠として栄えた。
●藤野町資料館
吉野大火後、明治30年に建てられた旅籠「藤屋」が資料館として使われている。ちょうど開館中で中に入り、説明を聞くことができた。資料もいただく。吉野宿の模型が興味深い。二階は民具が並べられている。

●本陣跡
 資料館の前が本陣の吉野十郎右衛門跡。跡というか現在も子孫の方が住んでいます。古い土蔵のみが残る。吉野家は承久の乱(1221)の際天皇方に付き、戦いに破れ大和の吉野から移ってきてこの辺を開拓したという。
●本陣模型
 資料館に模型があり、江戸時代には珍しい五階建ての建物で明治天皇の行在所になっている。明治の大火で土蔵を残し焼失してしまった。

●吉野神社
 宿野鎮守でご神体には吉野家の先祖重長の銘が入っており、大和から勧請したものという。本殿は神明式のもの。
●沢井川に架かる吉野橋
 昔はこの川幅はせまく、橋も少し上流に架かっていたようで「小猿橋」という。橋桁を立てることができず、両側からせり出した橋木により掛けられていて、大月の猿橋に似ていることから小猿橋と名付けられたものです。

 ●日蓮大橋
沢井川を渡ってから電気店の所を右へ曲がっていく。この旧道は藤野中学校の前を通って、すぐ国道へ合流してしまう。やがて藤野駅に近づくが、手前に相模川に架かる日蓮大橋が印象的だったので撮っておいた。藤野駅を通a過しその先で中央線を越す。その先の集落が次の関野宿になる。藤野駅付近の国道は細く、歩道も片方しか付いていない。歩道も狭いし歩きやすいとは言えない。

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