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 2 川崎宿から神奈川宿へ   歩行地図
 六郷橋-本町-砂子-小川町-八丁畷-市場-鶴見-生麦-浦島町    9.23km 

広重の川崎宿2川崎宿
 六郷橋を渡ると川崎宿。元和9年(1623)品川から神奈川両宿の伝馬負担を軽減するため開設された。茶店でもっとも有名だったのが万年屋で「東海道膝栗毛」にも出てくる。川崎大師への分かれ道にも当たっていたため、多くの参詣者が宿場を利用し発展した。本陣:2軒 旅籠:72

2017年2月4日(改訂版)
■六郷の渡し跡~本町
 9時頃JR川崎駅到着。すぐに前回終了した六郷橋袂に向かった。六郷から渡し舟で対岸に渡ると、すぐ川崎宿の入口になっていた。船着き場は六郷橋の川下50mの所にあったという。川崎側に●渡船跡の碑と、明治天皇六郷渡御碑が建っている。
 川崎宿で名物だったのが、「奈良茶飯」で人気になっていた「万年屋」と呼ばれていた店だった。船を下りたすぐ先にあったといわれたが、その万年屋も今はなく、マンションが建つだけになっている。
 宿場は新六郷橋のガードをくぐって進むようになる。川崎市では近年宿場跡を整備し、「旧東海道の碑」や「川崎宿歴史ガイド」などの案内板を設置しているので、これらを参考にすれば当時の宿場の様子が良くゎかり、良いことだと思う。
 川崎宿は六郷川から小戸呂、砂子、藤崎、久根崎の四町からなり、宿間は5km程しかなかったという。●宿場の中心へ向かうと、まず右手に●田中本陣跡」の説明が見えてくる。ここの宝永年間(1704~11)の主人「田中休愚」は当時疲弊していた川崎宿の復興に活躍し、農政家、経世家としても知られている。
 その先左手に●かわさき宿交流館がある。2013年開設というので一回目の時はなかった施設である。  9:25

■本町~砂子
 その先右手には●宗三寺。鎌倉時代にあった禅宗勝福寺を起源とするものと伝えられる。本尊釈迦如来は「一尺ばかりの唐仏なり」とあるように中国風の像だそうだ。
 砂子1丁目信号の左手は●問屋場跡にあたる。 砂子交差点を右折するとJR川崎駅がある。ここを左折して少し行くと「稲毛公園」があって、そこに●大正時代の六郷橋の川崎側の親柱が残されていた。
 公園の奥が●稲毛神社である。ここは川崎宿の鎮守だった所で、相当に繁栄したらしく、「手水鉢」や鳥居の台座に川崎宿ゆかりの人名が彫ってある。   9:35

■砂子~小川町
  街道に戻って砂子交差点を渡る。東京三菱銀行の先、右手の所に案内板が架けてあって●佐藤本陣跡であるという。
 
 通りを抜けると「小土呂橋」交差点に出る。交差点を渡った右手に●小土呂橋の親柱が保存されている。東海道が「新川掘」という川筋を横断するところに小土呂橋が架かり、交通の要所として賑わっていた。昭和6~8年に埋め立てられたため、親柱だけが残された。
 町名が「小川町」に変わると、そろそろ宿も終わりに近づく。右手に宿の京側入口についての説明が見られ、●川崎宿はこの付近が出口となった(川崎側を見る)。昔は切り石を積んだ土居が築かれ、木戸が設けられていた。文久2年(1862)外国人遊歩区域となり、ここに外国人警護のための第一関門が設けられた。 ここから保土ヶ谷宿までに19ヶ所の関門番所が設けられたという。  10:00

■小川町~市場東中町
 川崎宿を出ると民家はとぎれ、「八丁畷」と呼ばれた真っ直ぐな松並木が続く様になる。右手に●芭蕉句碑が立つ。芭蕉は元禄7年(1694)江戸深川の庵を立ち、郷里の伊賀への帰途につく。途中川崎宿で門弟達と別れ、惜別の思いを一つの句に託した。
 ・・・麦の穂をたよりにつかむ別れかな・・・    句碑は文政13年(1830)、俳人「一種」によって建立されたという
 その先、京急踏切を越えるが、踏切の先左手に●八丁畷の由来と人骨碑というすこし物騒な碑がある。 この付近からは多くの人骨が発掘されているが、それらのほとんどは江戸時代の人骨で、災害などで亡くなった人を宿はずれに埋葬したしたのではないかという。その先は●八丁畷と呼ばれる870mにわたる真っ直ぐな道が伸びている。ただ車が多くて見通しがきかないのが残念なところ。やがて「下並木町」から「市場上町」、「市場東中町へと変わっていくが、右手に●「熊野神社がある。弘仁年間(810~)、紀州熊野の別当尊慶上人が、紀州熊野本宮御祭神の御分霊をこの地に勧請したのが始まりで、家康は江戸入国の折当社に立ち寄り、天下泰平、国家安穏、家門長久を祈念したという。10:20

■市場東中町~鶴見上町
 神社のすぐ先左手に●市場一里塚跡が残り、奥に稲荷を祀っている。江戸から五番目の塚で明治9年(1877の地祖改訂にあたり払い下げられて、今は左側だけが残っている。
 一里塚跡を越えてしばらく歩くと、やがて●鶴見橋が見えてくるが、江戸をあとにした旅人が東海道で初めて渡る橋で、長さ25間、幅3間と云われていた。橋の周辺は市貝が開け、大山や箱根連山が見えたという所。
 橋を越えた左手に●鶴見橋関門旧跡碑が見られる。安政6年(1859)、横浜港が開港とともに神奈川奉行がは外国人に対して危害を加えることを防ぐ為、横浜への主要道路に番所や関門を設けて不審人物を見張った。これはそのひとつ。
 その先には「鯉ケ渕公園」がある。角に●寺尾稲荷道(http://hokarida.web.fc2.com/07_research/035-01.html)という道標が立っている。江戸時代、ここには旧東海道と「寺尾稲荷社」へ向かう道との分岐点があった。寺尾稲荷は馬術上達や馬上安全を祈願する稲荷社として有名になり、多くの参拝者が訪れていたという。尚ここのはレプリカで本物はこの先の鶴見神社にある。  10:53

■鶴見上町~京急鶴見駅
 先に進むと「鶴見駅東口交差点に」ぶつかり、先に進む前に右へ曲がり●鶴見神社へ寄って置いた。創建は、推古天皇の時代と伝えられ、古くは杉山大明神と称された。境内奥に富士塚が作られ、先ほどの●寺尾稲荷道標の本物がある。
 鳥居から参道を下りて行くと東海道に合流するが、その正面が●信楽茶屋跡にあたる。現在はラーメン店であるが、小さく説明が置かれている。 信楽茶屋は立場として栄えた鶴見村の中でも最も大きな茶店であり、「江戸名所図絵」にも描かれている有名な大店だったという。
  旧道は「京急鶴見駅」高架下をくぐり抜け、●ベルロード商店街と呼ばれている賑やかな通りに入って行く。  11:17

■京急鶴見駅~生麦4丁目
 旧道はしばらくすると、国道15号線(第一京浜)を横切る。その先に●JR鶴見線国道駅が跨がっているのが見える。ガード下は●国道駅構内で、昭和5年の建設当初から全く改築されていないといわれ、一種異様な雰囲気が醸しだされている。入口外壁に先の大戦の末期におけるアメリカ軍機による機銃掃射の銃弾の痕の跡まである。構内に建物は数軒あるのだが、ほとんどベニヤ板で塞がれ、以前来た時は飲み屋が一軒だけ開業していたと記憶していたが、本日は全く開いている店はない。日曜のせいでもあるかもしれないが。・・・・  ガードから先は●魚河岸通りと呼ばれ、魚店が多い通りであり、昔から漁業が盛んだったのがよくわかる。 その先には●道念稲荷神社。蛇も蚊も祭りの案内板があって、江戸時代に悪疫が流行したとき、萱で作った蛇体に悪霊を封じ込めて海に流したことに始まるという祭りが伝えられている。  11:40

生麦事件古写真
■生麦4丁目~生麦1丁目
 生麦町は明治維新のきっかけとなった「生麦事件」が起こったことで歴史上有名な場所で、その●事件が起こった場所であるという看板が右手の民家に架けられている。文久2年(1863)、薩摩藩主「島津久光」の参勤交代の行列を横切ろうとした英国人「リチャードソン」他3名が殺傷されたこの事件はこの場所で起こった訳である。この事件をきっかけに薩英戦争が起こり、この●キリンビール横浜工場」に沿った旧東海道は横浜環状北道路建設の為、以前来た時とは違って、旧道の香りも全くしない。おまけに国道15号の手前の「リチャードソン」が落命した場所に立っていた●生麦事件碑は200m程手前に移設されている。●江戸時代の生麦付近は写真のようなうらぶれた感じの所だったのである。
 生麦駅近くの「生麦事件参考館」という所へ行ってみたが、個人の博物館と云うことで、惜しくも閉館されていた。 12:10

■生麦4丁目~浦島町
  ●国道15号に合流して、ここからしばらくは広い国道があのせまい旧道と一緒とはとても思えないわけだが、国道の右端の所が旧道あたりかなとという感じ。しばらく進むとトタン板の壁に●東子安一里塚の案内板が架けてある。ここにあった一里塚は「子安の一里塚」と呼ばれ、日本橋から6番目の塚ということだ。その先●浦島町の交差点を越えるとあたりから神奈川宿の入口に入って行く。  13:20

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