51 石部宿から草津宿   歩行地図
 石部東-石部西-石部北-伊勢落-六地蔵-手原-上鈎-目川-草津   11.7km
51 石部宿
 石部は幕府直轄の宿場で、伊勢参宮街道との分岐点として多くの旅人で賑わっていた。また京から36km程の距離にあり、京発ち石部泊まりといわれたように、京を発った旅人は、東海道なら石部宿、中山道なら守山宿に泊まるものも多かった。近くには金山の採掘跡があり、堅実な人のたとえで呼ばれる「石部金吉」はここから出た。
本陣2 脇本陣0 旅籠32

 2009年1月10日水口宿よりの続き13:52
■落合橋~石部中央
 ●落合橋から300mほど行ったところに木戸があり、石部宿の東入口であったというが、何の跡も残されていない。本日は草津まで予定していたところ、水口で時間を取ってしまい、草津に着く前に暗くなってしまうので、石部駅で終りにしようと思った。時間が中途半端なので、案内に従い「民俗資料館」へ行こうと左折して行ったけど、中々行着かず、予定になかったので、付近の地図も持たずで、結局「宝来坂」という所まで行って、あきらめて元の所まで戻って来た。全く無駄な時間を浪費してしまった。資料館は車で行く所かも。
 街道に入り左手に●吉姫神社がある。創立年代不詳。本殿は、天文3年(1534)の再建で、一間社流造。この先の吉御子神社と対の関係にあるという。  14:50

●石部宿の町並
 現在の石部は昔ながらの細い道はそのまま残っているが、古い家や建物はほとんど見らない。その中でも、塗壁など古い家はいくらか見られて、宿場の雰囲気は感じられる。石部中央交差点の手前には、竹内酒造(建物は新しい)があり、対面の角には●「道の辺広場」という宿場を紹介するポケットパークが作られていた。交差点を渡ると、その先の左側には、「石部宿 夢街道」という休憩所がある。15:05

■石部中央~石部西
 少し先の左側に、●明治天皇聖蹟碑があり、小島本陣跡でもあった。案内板がかすれて読みにくい。小島本陣は敷地2845坪、建坪775坪もあり明治天皇が2度も泊まったような豪華な本陣だったが、老朽化で昭和43年に取り壊されてしまった。左手にある真明寺には芭蕉の句碑見られるというので寄ってみた。●句碑に特に説明などがなく、碑も傷んでいるので、 ほとんど読めなかった。
「 つつじいけて その蔭に 干鱈さく女 」、と左から書かれているそうだが。15:15

 旧道は、真明寺の先で桝形に曲がっているが、曲がらず、直進して左折すると●吉御子神社に出る。先の「吉姫神社」と対になる神社で、創建は律令時代に遡るが、この神社で珍しいのは本殿、慶応3年(1867)、京都の上加茂神社の旧社殿を移築したもので、重要文化財に指定されている。
 先程の枡形に戻り左折して先に進んだ。左折した先に、一里塚跡があったというのだけどパスしたらしい。この先に石部宿「西木戸」があったが何も残っていない。本日はこの先の「石部駅」から「瀬田駅」へ行き、「ニューびわこホテル」に宿泊した。隣が温泉スパで中々快適でありました。

2009年1月11日石部駅へ到着。本日は一転晴天になりました駅前から再開します8:55
■石部西~新道。石部北
 ここは●「西縄手」といい、真っ直ぐ道が続いている。昔、大名 行列が宿場に入る前、整列をしたところという。 左手に、東海道のポケットパークがあった。川に沿って進むと「ゴーシュー」という工場にぶつかり、東海道は左折して進むことになる。江戸時代初期には、直進する道だったが、野洲川の氾濫により、通行不能になったため、正面の山の左裾を回る道が開発され、●「上道」と呼ばれ、直進する道は「下道」と呼ばれた。現在ではあまり人は通らないと言われる「上道」を行くことにした。右手の山が、金が取れたという「灰山」である。 少し歩くと民家が建ち、「五軒茶屋」というバス停があった。時間表を見ると一日2本しかない。が、石部駅から遠くはなく、僻地という感じではないけど通行する人はいなかった。 

道は、段々細くなり、不気味に感じて来るけど、リサイクルセンターを過ぎると●突然視野が広がった。遠くに清掃工場(?)の煙突が見える。手前には、名神高速が走っている。山道と聞いていたので拍子抜けしてしまうくらい広い道であった。高速のガードをくぐると、正面は採石場で、右折して、高速に沿って歩く。しばらく行って、JR踏切手前で右手からくる下道と合流する地点で左折していく。ちょうどここの前方に近江富士と呼ばれる特徴的な●「三上山」がよく見えた。 9:30

■石部北~林
 しばらくのどかな田園地帯の中を歩き、「伊勢落」(いせうち)と呼ばれている集落に入って行く。 ●この辺りも古い家が見られる場所で、相変らず人は見られない。伊勢落からしばらく行くと、今度は「林」と呼ばれる集落に変わる。木札に昔の屋号などが掲げられていたりする。右手の●「長徳寺・薬師如来堂」には「従是東照領」と刻まれた領界石が残っている。さらに長徳寺の先の右手に「新善光寺是より一丁余」の道標がある。       9:50

■林~六地蔵
 道標に沿い、右折して線路を越えていくと新善光寺」がある。長野県の有名な善光寺から「善光寺如来」の分身をもらって開かれた寺だそうで、長野に行けない人々の参拝で賑わった寺であった。建長5年、平家の一族、小松左衛門慰尉宗定という人が、この地にのがれ住み、信濃善光寺如来を頂き建てたと伝わる。その後●本堂は、膳所城主、本多俊次が、寛永年間に、三間四面の建物を建て、 略縁起を著し、共に寄進したもの   9:57

 街道に戻り、先に進むと、●六地蔵集落。右手にこの名の由来となった●「六地蔵尊」があり、国宝地蔵尊と書かれた石碑が建つ。案内板には六地蔵の地名の由来となった六躯の地蔵像の一躯と書いてある。山門は閉まったままなので、入れないかと思ったが、脇から入れるので中に入ってみた。中は公園の様で、本堂がぽつんと建つだけ。誰もいそうになく堂内を覗くと「地蔵」が一体安置されていた。これが「国宝」なのかと思ったが、ちゃんと管理されているのか疑問に感じた。        10:10

 ■六地蔵~手原
 その先は「梅木」と呼ばれ立場で賑わった場所だが、ここで有名なのが左側に建つ、大きな古い建物で、●旧和中散本舗の大角弥右衛門家である 道の反対側には、、大角家住宅隠居所がある 和中散は腹痛や暑気あたりによく効く漢方薬で、特に梅木の和中散は「徳川家康」が腹痛を起こした時、ここの和中散を服用して以来街道で有名になった。そしてその先、●一里塚跡の石碑があった。「梅木」の案内板が架けてあり、昔は賑わっていたようだけど、現在は静かな街そのもの。     10:27 

 しばらく歩くと、●小野集落に入る。右手の古い家の前には「五葉の松」と書かれた木札が下がっているが、何のことかよくわからない。
 そこを過ぎると、手原に入る。名神高速栗東ICへの道路の下をくぐる。このあたりも古い家が多く、昔の屋号が書かれた木札が架けられている。右側に●他を圧するような大きな屋敷がある。壁に東海道 手原村平原醤油店 塩谷藤五郎と書かれた札が下がり、江戸時代には醤油を製造していたらしい。          10:50

■手原~川辺
 「手原駅」前から来る大通りの角に●稲荷神社がある。里中大明神とも称される神社で、由緒書によると、祭神は稲倉魂神、素戔鳴尊、大市比売神、寛元3年(1145)領主の馬渕広政が勧請、慶長7年、宮城丹羽守豊盛が社殿を造営した。その後改築などを経て(由緒が長い)現在に至る。明治天皇の碑などもある。*****
 通を渡り左折して行くと土手があり、上ってみると「上鈎池」というため池。その土手腹に、●九代将軍足利義尚公鈎陣所ゆかりの地 の石碑が建っている。室町時代の足利将軍義尚は、近江に勢力を伸そうとしていた「六角高頼」を討とうと陣を張ったが相手が逃出して、小競合い程度で終ったという。詳しいことはわからないが、この周りには歌碑が沢山置かれていた。    11:10

 「葉山川橋」を渡ってしばらく行くと左手に●善性寺という寺がある 文政9年4月寺の5世僧「恵教」の時、シーボルトが、この寺を訪ねている。寺を過ぎると「金勝川」の土手にぶつかる。右折して行くが、細い割に、大変に車の往来が激しく歩きにくい。右折すると、右側に地蔵院という寺があり、境内には天照皇太神宮、八幡大菩薩、春日大明神の銘の碑があり、側面に元禄年間亥年の刻印がある。寺に神社の碑があるのは、神仏混交時代の遺物であろうということだった。   11:35

■川辺~目川
 「地蔵院」を過ぎて、緩く左へ曲っていく先は「目川」という立場であった所。菜飯田楽発祥の地として有名だった地で、3軒の茶屋の碑が建てられている。●元伊勢屋跡(左)●古志ま屋(中)●京いせや(右)。菜飯田楽は、東海道では吉田、菊川でも有名だった。吉田(豊橋)を通った時食べてみた。参考写真

■目川~東草津
 「目川」を出ると、草津川」の堤防の上に出て、堤防に沿って右折する。新幹線の下をくぐって行くと、右側に ●「史跡老牛馬養生所跡」 の碑がある。和迩村の庄屋、岸岡長右衛門は、年老いた牛馬を打はぎにする様子を見て、残酷さに驚き、天保12年、老牛馬が静かに余生を暮らさせる養生所をこの地に設立した。というもの。昔は役に立たなくなった牛馬は簡単に道ばたに捨てられていたので、あの「生類あわれみの令」が出されたのだという説を読んだことがある。  11:55

■東草津~草津1丁目
  草津市の標識を過ぎて、土手の上の方に歩いて行く。草津川は天井川だったので、江戸時代の東海道は渇水期には川に降りて渡っていったそうだが、現在は、国道の先に架かる●「草津川橋」を渡る。渡ると草津宿の江戸方の入口で、右手の土手の上に地蔵堂、そして、下に降りる道の途中に●常夜燈が見える。
草津宿に続く。       12:05 

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