21岡部宿から藤枝宿へ  歩行地図
 岡部宿-柏屋-姿見の橋-横内橋-仮宿-水守-藤枝宿 5.5km
21岡部宿
  岡部は難所の一つ「宇津ノ谷峠」を越えた西側に位置する宿場町で、昔、「藤原南家為憲」の子孫清綱が駿河権守となってここに土着し、岡部を名乗ったのが始まりだという。大井川が川留めになるとここら辺りまで影響があった.。

本陣2 脇本陣2 旅籠27

2007年11月30日の続き  12:30
■岡部~岡部役場
 岡部川を渡ると宿が始まる。すぐ左手に
●大旅籠屋柏屋
 古い旅籠屋の建物が残る。現在の建物は、天保5年の大火のあと天保7年に建てられたもので、160余年を経た今日でも、東海道筋における貴重な建物とされ国の登録有形文化財に指定され、復元整備し、平成12年11月5日に『岡部宿大旅籠柏屋歴史資料館』としてオープンしている
●本陣跡
 元本陣の一つだった「内野家」の跡で、中には「将軍稲荷」と呼ばれていたお稲荷さんや当時使われていた「井戸」もわずかに残っているらしい。個人宅で入ることはできなさそう。

 本陣跡を出ると右手に古い●「造り酒屋」が見られる。「初亀」という酒を造っている。「初亀酒造」という酒屋。貴重な酒らしいので、おみやげに一本といきたいところだが、元々酒にはあまり興味がなく、重いので無理。
 酒屋さんの先で●旧道は県道から離れ、左手に入っていく。  12:40

●小野小町の姿見の橋
 小さな橋を渡ります。解説が出ていて、解説によると、小野小町は絶世の美人であり、歌人としても有名であった。晩年東国に下る途中岡部にも泊まったという。
●旧道の町並み
 旧道はあまり人通りも少なく、ちらほら古そうな家も見られる。おそらくこの付近は宿場の中心で旅籠屋がたくさん並んでいたのではないだろうか。

■岡部役場~国道バイパス
 旧道はやがて商店街に変わり、出口は国道と合流している。右手のコンビニ横には●「五智如来」が鎮座している。 伝説によると、田中城主の内藤紀伊守の口の不自由なお姫様が、誓願寺の五智如来をひたすら念ずじたら、不自由なく話すことができるようになり、りっぱな大名の許へと嫁ぐことができたという。  13:00
●岡部宿の松並木
 しばらく歩くと「横内縄手」と呼ばれていた場所に変わり「松並木跡」が残っている。 松並木が終わりに近づくと、藤枝バイパスの高架を越えて再び旧道に入って行く。

 ■バイパス~仮宿
 旧道入口には●「岩村藩領傍示杭跡」と書かれた白杭が見られる。ここから先の旧道沿いには町で立てた旧跡を示す杭が所々に立てられているのでわかりやすいまず「稲荷道」や●「小字名油街途」と書かれた杭が立てられていて、その先の慈眼寺を過ぎた先には「高札場跡」や「代官屋敷跡」などの杭もある。また付近の家には昔の屋号の看板が掛けられてもいる。13:20

 旧道はまもなくで「朝日奈川」に架かる「横内橋」を渡るが、この朝日奈川では人足による徒歩渡しが行われていたそうだ。橋を越えると先の旧道には少しばかり松並木が見られる。  13:30

■仮宿~八幡橋
  旧道は●「仮宿」の交差点に出る。ここから旧道は国道左手に入って行くが、交通量はあまりない静かな環境である。松並木の名残り松も何本か見られる。国道にちょっと合流して、すぐ旧道に分かれる。左手には従是田中藩領傍示石跡」の杭がある。これは復元されたものらしく、本物は田中城跡に建っている、西益頭中学校正門脇に残っているそうだ。確認はしていない。

 道は鬼島と呼ばれる場所になる。ここは立場で、茶屋があった。茶屋跡を記念して、民間の人により●木製の常夜燈が造られている。前に立つ石碑は弥次喜多道中の一節が刻まれている。その先「鬼島の一里塚」の記念碑の杭も立っていたが、トラックが横付けしており、残念ながら写真が取れなかった。
 先の八幡橋を渡りしばらくすると、須賀神社が見えてくる。 ここの境内の大楠木は天然記念物に指定されていて、根回15.2m、高23.7mというとても見事な枝ぶりだ。 また、神社のすぐ先には「鐘ヶ淵観音堂」もある。旧道はしばらくすると水守交差点で1号線を横切りって行くと、まもなくで藤枝宿に到着する。  14:10
  本日もあんまり入れそうな食堂がなく、コンビニのおにぎりを歩きながら食べることになってしまいました。

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