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 43 四日市宿から石薬師宿   歩行地図
 三滝橋-諏訪町-日永-追分-小古曽-内部橋-杖衝坂-采女-石薬師  11.2km

43四日市宿
 四日市の名前は四、十四、二十四などの四のつく日に市が立ったことから起こっており、「東海道名所図会」には「当駅海陸都会の地にして商人多く、宿中繁華にして、旅舎に招婦見えていと賑はし」と書かれているように、ここは古くから商業の盛んな港町、宿場町として、発展していた。また、追分は伊勢参詣の分岐点にもなっていたので東海道の旅人ばかりか、伊勢参りの旅人も集まり繁栄していた。
本陣2 脇本陣1 旅籠98

2008年11月9日 桑名宿より続く 13:00
■三滝橋~諏訪神社
 ●三滝橋」を越えると四日市宿に到着する。到着したらすぐ左手にあるのが、●「笹井屋」。「永餅」で有名な老舗です。450年以上の歴史を誇っているという。元々「日永の追分」付近にあったそうですが、明治になって歩く人が激減して、ここへ移ってきたという。http://www.nagamochi.co.jp/   

 先に進み、県道を横切って行くと、角に面白い●道標がある。「すぐ江戸道  すぐ京いせ道」と刻まれた文化7年の道標で、「すぐ」と強調してある。こんなのは初めて見る。道標の所で右でも左折してもいいと思うけど(昔は斜めに通っていた)一度国道に出る。信号で横断していくと、突き当たりに●「諏訪神社」がある。割と大きな神社で、ここも七五三の最中だった。  13:10       

■諏訪神社~鹿化橋
 神社の前を斜めに続くのが旧道。●屋根付きの商店街で、これが昔の旧道というのも面白い。この商店街をあちこち見て回ったが、あまり活気は感じられなかった。奥へ行くと「近鉄四日市駅」になる。駅前の大通を渡ると、とたんに人出がなくなる普通の道になってしまう。左手に●「丹羽文雄生誕之地」と刻まれた石碑が立っていた。いうまでもなく作家の「丹羽文雄」のことで明治37年(1904)、奥にある崇顕寺の長男として生れている。

 先に進み、近鉄のガードをくぐる。その先にも古い家並みが残っていて、しばらくで●「赤堀と呼ばれる所になる。右手に●「鈴木薬局」(旧鈴木製薬所)がある。説明によれば、200年以上も製薬業を営む旧家で「赤万能即治膏」や「萬金丹」などを作っていたという。「名所図絵」にも登場する。建物は、嘉永5年(1852)に建てられたもので、東海道沿いの古い家の中でも一際がっちりとしたものであるということだ。13:50

■鹿化橋~追分
 鹿化橋を渡ると日永に入る。右手に●大宮神明社がある。当社は永宮さんとも呼ばれ、主祭神として天照大御神を祀る。ここの参道はキリっとして印象的であった。天白橋を渡ると、右手に●両聖寺がある。四日市市無形民俗文化財「つんつくおどり」が有名だそう。
13:55

 その先右手には日永神社があり、ここには明暦2年(1656)建立の東海道最古の●道標がある。元は日永の追分の神宮遥拝鳥居の隣にあったものが、嘉永2年、追分の鳥居の脇に立派な道標が建てられたのに伴い持ってこられたという。次に目標としていた「日永の一里塚跡の碑」だけど、うっかりして見過ごしてしまった。前方左手に待つが一本だけ立っている。●「東海道名残の一本松」。かってこのあたりの道の両側には、立派な松並木が続いていた。 この松は、その松並木の面影をとどめる唯一のものであるという。14:10

■追分~内部橋
 しばらくとっとこ歩くと、国道1号に合流する。そしていよいよ見えてくるのが●日永の追分だ。東海道と伊勢神宮への分かれ道である。伊勢神宮遥拝鳥居は安永3年(1774)に久居の渡辺六兵衛が発願して建てたもの。立派な道標があり、「右京大坂道」「左いせ参宮道」「嘉永二年」と刻まれている。台座に「ひだりさんぐう道」と彫られた常夜燈もある。。ここには追分鳥居の水があり、水質検査も合格しているというが、住民が大きいペットボトルを何本も汲んでおり、飲ましくてくれそうになかった。 14:30

 まっすぐ行ってしまうと、伊勢へ行くことになるので、東海道は追分から右手に入り、近鉄内部線の踏切を渡る。左手に見えるのが●「近鉄追分駅」で無人駅のようにわびしい駅でした。左へ続いているのが旧道で、小古曽という所に入る。右側に●観音寺がある。山門は、四脚門方式で、屋根の両端に異国風の「マカラ」を上げる点などは黄檗宗特有のもの。14:45

■内部橋~杖衝坂
 道は病院の横を通って国道(と思う?)を横切ると、内部川に突き当たる。昔は旧道が突き当たった所に「采女橋」と呼ばれる橋が架かっていたという。今はないので新橋の●「内部橋」を渡る。内部橋はちょっと複雑になっていて、コの字のように渡り、対面の左側に続く、●旧道へ入って行く。昔は斜めに続いていたという看板が立っている。

■杖衝坂~石薬師
 采女町に入り、直角に左折、右折しながら行くと、一度国道1号に合流する。「国分町」信号で左折して行くと、坂道になっている。ここが日本武尊が「能褒野」に向かう途中でここを通った時、けがをしていて剣を杖にして登ったという伝説の場所●杖衝坂であります。左手の●芭蕉の句碑は、貞享4年(1687)江戸から伊賀に帰る途中、急な坂のため、馬の鞍とともに落馬したという。そのときに詠んだ季語のない有名な句である。
         「歩行(かち)ならば杖つき坂を落馬かな」   15:10

 道はその先で右から来る国道1号線と合流する。 ここにあるという「采女に一里塚」は国道の向側のようで、確認出来なかった。この先の●「国分町の信号」で左に入るのが旧道で、「小谷の道」をしばらく歩く。ここから南の方には「伊勢国分寺跡」があるようだが、もちろん行かれる距離ではない。その先でまた国道に出るので、横断して国道の1本裏を行く。ここが●石薬師宿の入口になる。      15:55

42 桑名宿へ 44 石薬師宿へ