14板鼻宿から安中宿へ 歩行地 図
 板鼻宿-板鼻川橋-板鼻公民館-鷹之巣橋-中宿-久芳橋  3.3 km
14板鼻宿
  宿場はずれの碓氷川の渡し場は、水高の要害地の徒歩渡しで中山道一の難所であり、増水の川留めで多くの旅人が宿に逗留するために宿場は繁盛した。又高崎宿が城下町で肩くるしいので余計、ここの宿に泊まる旅人が多かった本陣1 脇本陣1 旅籠54

2007年9月16日の続き。12時半過ぎ入口を通過する
■板鼻下町~鷹巣橋
●双体道祖神
旧道に入ると、板鼻川橋があり、右手に双体道祖心神が見られる。これは信州に多く見られる形の道祖神で、女神が瓢、男神が盃を持ち仲睦まじく肩を寄せ合っている。 台座に街道の路程表が書かれいるというが摩滅していて確認できなかった。
●庚申塔と地蔵
  これもあちこちにあるものだが、年代などもよくわからず。12:40

●板鼻宿町並み
 国道から離れているためか、旅篭など多くの当時をしのぶ建造物が残っています。あちこち庚申塔。馬頭観音、案内板が摩滅して読めない碑などが置いてあるが、年代などは読めなく、記録は取らなかった。
●旧家
 越し屋根が二つ乗る、養蚕農家形式の家。そんなに古い建築ではないと思います。群馬県内ではよく見る。

●板鼻宿の本陣跡  
 板鼻公民館が跡地に建っており、本陣の木島家があった。
●皇女和宮資料館
 公民館裏手に残る。木島家本陣の付属書院であったもので、当時の面影が残っており、皇女和宮が降嫁のため江戸へ向う途中この書院に一泊している。12:50

●てうちん屋  
 店は土蔵造りで、現在は花屋さん。ここの土戸は見もので板代わりに土で固めてあり、防火効果が大きいのだといわれる。残念ながら今は使われておらず、奥にしまってあるそうだ。斜め前に十一屋と言って酒造店があり、その昔牛宿だった大きな家がある。というので探したらなく、原っぱになっていた。聞くところによると、倒産して壊してしまったとか。原っぱの前に道祖神など並ぶ13:00
●板鼻堰用水路
 歩いていたら、右側の用水堀が水があふれんばかりに流れており、稲刈りの時期で水はそんなに必要ないのではと思った。調べたらこれは鷹之巣山麓から発し烏川まで 延べ15kmに及ぶ、慶長年間に開窄された用水路で、昔は各家庭で野菜を洗ったりしていたそうだ。かれこれ400年前から水が流れ続けている。

■鷹巣橋~中宿
●鷹巣神社と依田六郎・・・・の石碑

 鷹之巣橋の手前にある。鷹巣神社、依田六郎なにがし・・と書かれた石柱が建ち、その脇には常夜燈や御神燈や聖徳太子碑などがあり、その奥には川がないのに石橋が架けられている。 なんだかよくわからないが、奥の山の途中には鷹巣神社がある。ちなみに依田六郎は鷹巣城の城主だった。(高崎在住のYさんからメールいただきました。北にある鷹巣神社の参道が国道に分断され、参道の一部だけ残っているようです。鷹巣城は神社の東北方向にあります。石橋の下は川だそうです。詳しいことは http://plaza.rakuten.co.jp/nisijohsyu/ を参照して下さい。2010.3.2)
●碓井川・鷹之巣橋  13:10
 冬は仮橋、夏は川越人足によって渡った。仮橋は今の橋の上流50mの所にあった。向こうの白い壁はクレー射撃場で、バンバンと相当遠くまでうるさかった。迷惑施設のひとつではないかな。これを渡ると中宿。

■中宿~下野尻
●諏訪神社

 中宿の鎮守諏訪神社。明治天皇行幸の際の小休止の記念碑があるというので寄ってみたが、よくわからず。説明版は特になし。神社の周りには幾つかの石塔があり、三寒供養石というのがあった。
●行き止まりの土手
 中宿を歩いて二手の右側が旧道で、そのうち碓井川の土手に突き当たる。
 

●碓氷川渡河地点
 昔はちょうど突き当たった所で、徒歩で対岸に渡っていたという。ここも通行不能になっている。左に見える久芳橋を渡る。
●東邦亜鉛の工場 13:35
 久芳橋から見た東邦亜鉛の工場。東邦亜鉛は安中公害訴訟で有名になった工場である。最近は電池のリサイクルを始めたという話。橋を渡って下野尻の交差点を左折していくと安中宿に入る

 13 高崎宿へ
 15 安中宿へ