27長久保宿から和田宿へ 歩行地 図
 長久保−横町−大和橋−下和田−和田小−追手橋−和田宿 7.9km 
27長久保宿
 位置的に芦田宿と同じようではあるが、意外に旅籠が43軒と多く、東に笠取峠、西に和田峠を控えていたことや、善光寺へ通じる上田道の追分だった為などによる。宿場通りは、当初本陣のある堅町が中心であったが、その後横町が形成され、L字型の珍しい宿場となった。
本陣1  脇本陣1 旅籠43

2008年7月5日。芦田宿より続く
■長久保宿〜横町
 「長久保宿」標柱のある入口、右手に松尾神社鳥居が立つ。
●松尾神社
 京都の酒造神松尾神社を勧請したものだといわれ、昔から「お酒」の神様ということで信仰を集めていた。本殿は三代目立川和四郎常重の作で、万延元年(1860)に再々建されたもので、総檜造りで、欄間には見事な彫刻がしてあって、町の指定文化財。12:50

●町並み
 本陣のある堅町。真っ直ぐ続いている。相変わらず人でもなく、ひっそりと存在している。旅籠らしい家も数軒残り味わいがある。
●一服処「濱屋
、明治初期に旅籠として建てられたが交通量減少で開業できなかった一服処「濱屋」。現在は無人で出入り自由の無料休憩所を兼ねる民俗資料館で、お茶セット、トイレなどが完備し、ありがたく使わせていただく。宿場図が掛けられている。13:00

●本陣跡
寛永年間(1624〜)の建築され、中山道最古の本陣という。表門や大名の泊まった御殿の間が今も昔のまま現存するという石合本陣跡。公開はされていない。
●釜鳴屋(竹内家)
 その先右側に、江戸時代から昭和初期まで酒造業を営んでいた、釜鳴屋があり、屋根に当時の本卯建が残る。県内最古の町屋です。

 堅町通りは正面で突当り、左折して横町の宿場通りを進む。突当りの右角に、「中山道 長久保宿 左ぜんこうじ」の道標が立っている
 このあたり昔は旅籠だっただろうと思われる旧家が並び、突き当たりに「よねや」旅館、左手に「ならや」左角に建っているのが「●濱田屋」旅館などが並いでいる。こんなに旅館が並んでいるのは珍しいが、経営状態はどうなのか気になるところ。  13:20 

■横町〜青原   
● 横町の宿場通り

 直角に左折した通が、横町という。
ここも寂しい通りだけど、昔の旅籠らしい家がちらちらと見られる。
 突当りで国道142号線に合流するがこのあたりまでが宿場であったという。
 合流後、「自然歩道」の標識では右手の裏道を歩くように指示されている。しかし国道が本筋ということで国道を歩くことにした。しかし歩道がないため左側のあぜ道を歩いてみた。  13:30

一里塚案内板が、国道を向いて表示されている。昭和35年の道路改修工事で取り払われてしまったらしい。 改修以前は榎の大木が植えられていたという。ここは江戸から48番目になる
 しばらく歩くと「大和橋」交差点」に出るが、ここで左折、すぐ先の「落合橋」を渡る。途中旧道らしく、石碑も見られる。左折して依田川沿いに進む。青原信号丁字路で国道と分かれ、公園沿いに進んで行く。 14:10

■青原〜下和田
角に公園があり。多数の石碑が並んでいる。しばらく進むと、左側に珍しい茅葺のバス停が見られる。これは長和町町営バス停で、ここから旧和田村に入ることになるが、宿場はまだ先であった。その先左側中組公民館手前に石碑群があり、天王夜塔や宝暦二年と刻まれた西国三十三ヶ所碑。などが建っている。馬頭観音碑なども見られる。  14:30

 さらに珍しいのが左手に、この地の住民の希望で最近造られたという●メス・オス2体のミミズ双体道祖神
ミミズは農業にはかかせない大切な物なのでこのように祀られた。
 またも先の左側にいろいろな石碑が並び、●三千僧接待碑という
 慈眼寺境内に建立したものを寛政7(1795)この地に移された。要は諸国遍歴中の僧を無料接待するという案内碑のようなもので、千人を達成したので2千人増の三千人として再発願したものとある。案内板  14:50

 ●「若宮八幡」
 三千僧碑からしばらく歩くと「馬頭観音」や「中山道碑」が見られるが、その先で左手に鬱蒼と茂った木立の中に「若宮八幡」が見えてくる。江戸時代初めの「享保年間」に建てられたものだという。ここには鎌倉時代からこの辺りを支配してきた「大井信定父子」の墓が置かれている。祭神は仁徳天皇で、本殿は享保6年の建立で屋根が茅葺きで珍しいと思った。八幡の先左側に、まだ新しい●一里塚跡碑で江戸より49里となっている。 15:15

■下和田〜和田宿
一里塚跡を出てしばらく歩くとバス停「芹沢」先でやや急な上り坂に変わっている。 左手に見えてくるのは●「是より和田宿」と彫られた大きな自然石で、和田宿はこの付近から始まっているように思える。が和田宿の中心はここよりさらに先にあった。碑を越えると右手に小中学校が並んでいるが、その脇に見られるのは●「和田埜神社鳥居」で、本殿はずっと奥にある。

●八幡神社
 学校の先、道が大きく右に曲がると、角に八幡神社が見えてくる。説明によると、本殿は、一間流造で蟇股に巳紋を入っており、妻の大瓶束が軍配団扇形となっているのが特徴である。全体にすっきりした建築で、江戸時代中期の作と推定されている。 拝殿と覆屋を併合した入母屋造の建物も茅葺きで珍しい建築で、面白いと感じた。●和田宿入口
神社を出ると、「追手橋」を渡ると、江戸時代は賑やかな宿場だったという、和田宿に入って行く。 15:45

 
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